ICHIZU…@-4
(ハハッ!あれなら大丈夫だな)
安心した直也は、兄の方を見る。
「今日は監督が来れないので、練習メニューを言い渡すから」
キャプテンはユニフォームのポケットから紙きれを取り出すと、そこに書かれた内容を読み上げた。
「体操の後、合同でグランド5周。その後、ストレッチ、自重筋トレ。素振り100本。最後にレギュラー、控えのノック…」
列の方からザワついた声が漏れる。いつもより量が多いのだ。中体連の大会を約2ヶ月後に控えて、監督がとった措置だった。
皆が、円陣を組んで体操を始める。主に下半身周りの関節を動かす。
その後にランニング。グランドの外周を5周だから、約3キロの距離を走る事になる。
最初はダンゴのように固まって走り出した。が、次第にバラけだし、数人単位のカタマリがいくつかに分かれる。そして半分の距離を走り終える頃には、数珠つなぎになっていた。
佳代は少し顔を歪めて数珠つなぎから、かなり遅れた位置を走っていた。
小学生の頃から短距離は得意なのだが、長距離は大の苦手としていた。オマケに通学でかなりの体力を消耗したためか、いつもより遅かった。
「ラスト!!」
キャプテンの声に反応して、部員達はスプリンターのようにスピード・アップを図る。最後の1周は全力で走る取り決めらしい。
佳代も同じように走ろうとするが、足が重く感じられてままならない。先頭との距離は広がる一方だ。
(くっそ〜!脚が…動かない)
先頭がゴールした時、佳代は半周ほど遅れた位置でもがいていた。次々とゴールした部員達は、整列したまま息を整えている。
佳代がやっとの思いで走り終えた時には、皆、整列していた。もちろん息が上がっている者は一人もいない。
「…やっ…やっ…と…終わった…」
粗い呼吸のまま佳代は列に交わろうとするとキャプテンから、
「澤田、オマエは息が整うまでそこに立ってろ」
「エッ!…ち、ちょっ」
キャプテンは佳代にそれだけ言うとクルリと踵を返して、“次はストレッチ!“と、佳代を残して全員を連れて行ってしまった。
「なんで…今日に限って…」
ヒザが震えているのは走り終えたばかりのためだけでは無かった。佳代は目頭が熱くなるのが分かった。
「なんで私だけ…」
(自分が情けない)
キャプテンの川口信也からすれば、“やさしさ“のつもりだった。男の自分でさえキツい練習を、佳代は女の子でこなそうとしている。日頃、監督からは“容赦無用“と言われているが、走ってる姿を見て、つい情けを掛けてしまった。
が、彼も言葉が足りないのか、佳代には伝わって無かったのだ。
佳代はアンダー・シャツで顔の周りを拭いた。目元の涙がバレないように。そして、すぐに皆の中へと駆け出した……