トリニティ-1
冷凍食品が敷き詰められた弁当は先週の今日と同じ味だ。
教室には定期考査を終えた後に訪れる定期的な開放感が漂っている。
「これで地獄の試験週間を乗りきったわけだ。」
相変わらずの早飯を終えた結城が机に腰掛ける。
同じ机で人が食事をしているというのに。
いつの間にか結城のセットは放課後モードに切り替わっている。
登校時は降ろしている横髪を膨大な量のワックスでかきあげると、刈り込みとラインの入った側頭部が現れるご自慢のヘアスタイル。
結城は一度降ろしたきりの僕の髪をオールバックにセットしたのだが、ガチガチのスプレーを洗い流すのはとても大変だった。
付けては洗い流しを日々繰り返される結城の髪を不憫に感じつつ、手を伸ばしたところにあったはずのパックのジュースが無い事に気づく。
座る場所を作るため隣の机にどかしたらしい。
ぼそぼそと喉に詰まる磯部揚をジュースで燕下して答える。
「言える程勉強したのか。珍しいな。」
「ご存知の通りしてないよ。嫌味?」
「勿論。」
結城は勉強をしないのだという。
しないといいつつしている筈なのだが、決して自供しない。
ここに居る者はみなそうだ。
僕らの問いには常に答えが用意されている。
全ての問答は前提によって―元気ですか―と同質な挨拶に還元されてしまうのだ
ろう。
「んな事よりゲーセンでも行ってせっかくの午後を楽しもうぜ。」
日常に埋もれるのはサラリーマンやOLの専売特許ではない。
僕達だって決められたスケジュールの中でルーチンワークをこなして、且つそれ
にうんざりしている。
週に一、二度のカラオケやゲーセンの誘いもその一つで、行く店からメンバー、言い出すのが結城だという所までセオリーに従っている。
この質問に対応する答えは―どうしよっかな、他に誰が来るの、じゃあ行こうかな―と不文律に定められているのだ。
僕は予定調和を崩したいという衝動に負ける。
「今日は止めとく。」
「なんだよ、つれないじゃんか。女か?友情より女が大事か。」
予定は崩れると想定内の―それでいて厄介な疑念を生む。
「違うよバカ。お前じゃないんだから。ちょっと体調わるくてさ。」
「ふうん。ならまあ風邪ひかないように早く寝ろよ。今んところ皆勤なんだろ?」
「お心遣い痛み入るよ。」
「そりゃあ薄情なお前たぁ違うよ。」
僕より遙かに多くの友人をもつ結城の言葉は妙に的を射ていて、僕は他愛も無い
嘘に小さな罪悪感を覚えた。