投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

トリニティ
【その他 その他小説】

トリニティの最初へ トリニティ 2 トリニティ 4 トリニティの最後へ

トリニティ-3

―わっ―

と言う少年の声がコンクリートの壁にこだました次の瞬間、僕は5月の水の冷たさを知った。


「本当にごめんなさい。っじゃなくて、ありがとう…でもなくて…あのぅ、」
「いやいいよ礼なんか。寧ろ鞄濡らしちゃってごめんな。」

情けないことに僕は少年の鞄を持ったまま川に落ちてしまったのだ。
少年は風で帽子が飛びそうに成ったから抑えただけだったそうだが、慌てた僕は彼が落ちそうなのだと勘違いして手を伸ばした所で足を滑らせてしまったらしい。
記憶が飛んでいる。
走馬灯は―見られなかったが。
不幸中の幸いと言うのだろうか、川が水面下で階段状になっていた事に救われて、流されはしなかったし怪我もなかった。
下手をしたら不吉な連想が現実になっていたかも知れないと言うのに、必死に川底に続く梯子にしがみつきながら少年の鞄を放さなかった自分が滑稽に思える。

靴下を絞っている僕の横で少年はひとしきり鞄を探ってから携帯電話を取り出して
―やっぱり―と言う顔をした。

僕も一度風呂でメールしていて水没させた事がある。
携帯ショップの店員が言うには内部まで水が入り込んでいなければ平気らしいが、なにせ川に落ちたのだ、
間違い無く濡れている。
無駄だろうと思いながらも罪悪感に駆られて僕は携帯ショップで仕入れたもう一つの知識を披露する。
「電源入れるなよ。ショートしなければ乾かして治る事もあるから。」
少年は困った様に笑う。
「良いんですこんなの。どうせまた買ってくれるし。それより…」
ポケットから綺麗に畳まれたハンカチを取り出して渡してくれる。
素直に受け取って顔を吹くと、ハンカチから漂うフローラル系の香料が川の水臭さを消してくれた。
少年はまた小さな体を一杯に伸ばして僕の家の方を見て何かを探している。
振り向いてまた背伸びをしたところで「何か」はみつかったらしい。
「あ、やっぱり来た。お兄ちゃんも乗って行ってください。」
何に、と問う間もなく目の前に現れた運転手付きの高級車にいざなわれて、僕はいつの間にか失われている日常をひどく懐かしんでいる事に気が付いた。


トリニティの最初へ トリニティ 2 トリニティ 4 トリニティの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前