無名の伝記-20
「淋しいからって、また悪ガキをナンパするんじゃねぇぞ。」
「あんたは口の悪さを直しな。」
少しずつ戻ってきた感覚、二人の間はこれで良かった。何も繕う必要はない、ただ感情のまま声にすればわかる関係だった。
エバンからどれだけ大人に見えてもセリカはまだ未熟で、セリカからどれだけ子供に感じてもエバンはどこか大人で、それでも二人は幼すぎた。
叶わなかった願い。それでも何故か今、気持ちは晴れて清々しかった。淡く咲いた思い。
やがてエバンは足を踏みだしセリカに近づきはじめる。くすぐったい気持ちに二人ははにかんでしまう。
まだ少しある身長差、すぐ目の前にいるエバンの視線はそうかわりはなかった。もうお互いに気持ちは分かっている。
エバンの申し込みをセリカは当たり前のように受け入れ二人はキスをした。
長く、短い、幸せな時間。
セリカの髪にエバンが触れる、その手にセリカは触れた。力強い手、セリカよりも大きな手だった。
何度も何度も確かめるように二人は口づけを交わす。どこまでもエバンが求め、セリカは受け入れていった。
ようやく離れ、改めてお互いの顔を見て笑ってしまった。息が切れるほどのキスが恥ずかしいのもあった、しかし今はただ純粋に幸せを感じている。
「ありがとう。」
そう言って少し離れた。セリカは動かない、リードは委ね全てエバンに任せていた。彼を男の人だと認めていた。
「行く?」
「ああ。」
いつのまにか握られた手、別れを惜しむ気持ちが前よりも小さい。
本当はこうなる事がわかっていた。あの日養子の話が来た瞬間、二人の別れは確定していた。
殺し屋家業で人の関係を引き離したり幸せを奪ってきたセリカにとって、これ以上誰かを悲しませることはできない。エバンはそれを痛いくらいに感じていた。断ればセリカが苦しむ。
「オレが養子に行くのを決めたのはお前の為じゃないからな?」
カインズ夫妻に会って話をして、彼らを幸せにしてやりたいと。そう思ったからとエバンは続けた。
エバンの言葉がセリカの涙を誘う。
出会った頃とは違う、今は穏やかで相手の事も思えるくらい彼は優しくなった。それはセリカが最も望んでいたこと。
もうそれだけで満足だった。
「エバン…かっこよくなったね。」
「元からだって。」
笑い声が響き渡る。初めてこのジェイドに来た時とは違う、穏やかになった二人がいた。
ここで確かなものを手に入れた。