雨あがりの色-1
「あっ…あ…ん…ぅん…」
全然感じてない…わけじゃない。
「はっ…はっ…う…」私の耳元に少し荒い息遣い。
窓に目を向けると、2月の冷たい雨が硝子を曇らせていた。
「う…っ。くっ…」
いつ果てたのだろう。彼はそのまま言葉もなく、静かに寝息をたてていた。
私、彩音(あやね)はこの幼馴染みの彼氏との機械的なセックスに、満足できない日々を過ごしていた…この雨上がりの奇妙な出会いをするまでは…。
私は都内の美術大学に通う21歳。高校から付き合っている、幼馴染みの彼氏がいる。週末に一人暮らしの彼の部屋に泊まるのが習慣みたいになっていたけど、お互い大学も違うし連絡もしないで会わないことが続いていた。今日は土曜日。昨日の夜、久しぶりに彼の部屋にお泊まりをしたのだけど、例のように自己満足なセックスの後、無言のまま眠ってしまった彼。就職活動で疲れてるらしい…。
「あ〜、つまんない。」
つい一人で声にだして愚痴ってしまった。昼前に起きた彼は、私が作った遅い朝食を半分口にすると、そそくさとリクルートスーツを着て就職説明会に行ってしまったのだ。
仕方なく、雨上がりの週末の街をウインドウショッピングをしながらふらつく。
私は昨年の10月に、都内のデザイン会社に内定をもらっている。あとは3月の卒業を待つだけだ。
一通り店を眺めると、その足で駅をはさんで反対方向のオフィス街へ歩く。「っ到着♪」
とある高層ビルの前で足をとめる。この春から私がお世話になる、『COLORS』というデザイン会社がこのビルの23階にある。
「新しい生活かあ」
大学の先輩と三人で個展を開いたり、有名なグラフィックデザイナーの元でアルバイトと称した修行をしたこともあって、業界でもそこそこ大手のこの会社に内定をいただけたのだ。
「はじめまして、佐藤彩音です!まだまだ未熟者ですが、よろしくお願…こんな挨拶じゃだめだな…ぅ〜ん。」
と初出勤のことを考えながらビルの裏路地へ進む。表通りとは違い、静かな緑の多い路地だ。ビルの角を曲がり、都会では珍しい、冬の澄んだ空気を吸い込む。
キキィーッ!!キュルキュル!!
「!!!!!」
ビッシャアァァ。
突然、ビルの地下駐車場から白い高級外車が飛び出して、横断歩道の大きな水溜りを撥ね、雨水が私の顔面から白いコートに襲いかかった。
「ぶへ…な、なに…」
物凄いスピードで数メートル先まで進んでいたその高級外車が、また猛スピードでバックしてきた。いくら車通りのほとんどない路地でも、明らかに危険な運転だ。私の目の前で滑るように車を止めると、機械音と共にウインドウが下りる。
「ちょ…っと!」
運転席から現れた人物の顔を見るなり言葉を詰まらせた。艶のある赤茶色の長めの髪。黒いフレームの眼鏡に切長の少し垂れた目。すっと形の整った鼻と、知的でセクシーなくちびる。言うなれば、超美形、眼鏡男子。
「あ…えと…」
私は雨水が滴る長い髪が目にかかるのもそのままに、その眼鏡男子に釘付けになっていた。
私の悲惨な姿に驚いた顔をして男は運転席のドアを開け、助手席にあったスポーツバッグから大きめのタオルを取りだし私の前に降り立った。
(すご…背たか…)
黒いジャケットに、ヴィンテージっぽい細身のジーンズ。身長は180以上はありそうだ。
(モデルさんかな…)
153?の私はその端正な顔立ちを見上げながら、意外な第一声を聞いたのである。
「あぁら!お嬢ちゃん、大変っ、風邪ひくわっ!」
「ふえ?………は…っくしゅ!!」