逆転のプール-2
7月1日 午前10時28分
地方裁判所 被告人第2控え室
「死ぬんだぁ……。オレはもう、死ぬんだぁ……」
開廷前の静かな裁判所の中、ぼくは今日の依頼人、矢張政志の物騒な呟きを聞いていた。
「なるほどぉ……。オレ、もう死ぬからさぁ……!」
「お、落ち着けよ矢張」
「あのオンナがいない世界なんて、オレ生きていけねえよッ!」
さっきまで泣きそうな顔をしていたかと思えば、急に怒鳴りちらす矢張。あいかわらず表情の豊かなヤツだな、と思った。
「チクショウッ! だれがカノジョを! オレ、ゼッタイ許さねぇゾ!」
彼女を殺したヤツ、か……。
(だから、新聞に載っているのはお前の名前なんだってば)
ぼくは口にはださずに心の中で呟いて、小さくため息をついた。
ぼくの名前は成歩堂龍一(なるほどう りゅういち)。弁護士だ。今日は被告人、矢張政志の容疑を晴らすためにここにいる。
今回の事件は、プールで起こった。
被害者は平生夏奈。彼女はウォータースライダーの高台の上で殺された。そしてスライダーの中を滑らされて、プールに落ちたところを発見されたのである。死因は扼殺(手で首を絞めて殺すこと)。そして逮捕されたのが、被害者といっしょにプールに来ていた被害者の恋人、矢張政志だ。
だが、ぼくにはわかっていた。犯人は絶対に矢張じゃない。
コイツは、昔から“事件のカゲに、やっぱり矢張”といわれている。なにか大きな事件には、必ずといっていいほどコイツが関係しているのだ。
けれど、それはコイツが悪いわけじゃない。ただひたすら、運が悪いだけ。イイやつだってことは、他でもないこのぼくがよく知っていた。
だから、助けてやるんだ……。絶対に!
「ただいまより、開廷いたします」
法廷係官が呼びに来て、ぼくは矢張をひきつれて法廷へとむかった。
同日 午前11時
地方裁判所 第2法廷
「これより、矢張政志の法廷を開廷いたします」
つるりとした頭とサンタクロースのようなヒゲが特徴的な裁判長が、おごそかな声で言い、木槌を叩いた。
「検察側、準備完了しております」
ぼくのちょうど対面、検事席にいる亜内武文(あうち たけふみ)検事が言う。
「弁護側、準備完了しています」
ぼくもそう言った。
「フッフッフッ……。また、この被告人ですか……」
黒縁眼鏡のレンズをキラリと光らせて、スダレのような髪型の亜内検事が矢張を見る。
「なんだよぅ! オレはやってねえぞぉ!」
被告人席の矢張が吠えた。
「被告人。そう興奮しないように。では審理を始めます。亜内検事、証人を召喚してください」
「では最初に被告人、矢張くんの証言を聞きましょうか」
ぼくはぐっと手に力をこめた。
弁護士は、証人の証言を尋問して、その“矛盾”をあばく。そうして真実を探し出すのだ。だからこそ、証言はとても重要なものである。
(これからが、勝負だ!)
「オレはやってねえ! チクショー!」
被告人席から証言台に移された矢張は、証言台の回りの手摺りを叩きながら怒鳴った。
「矢張くん。それはこれから明らかになることです。まず、あなたと被害者の関係を話していただきましょう」
イヤミな口調で亜内検事は言う。
(矢張のヤツ、余計なことを言わなきゃいいけど……)
冷や汗が流れてきた。
「では、証言をお願いします」
裁判長が木槌を鳴らす。矢張が証言を始めた。