【思い出よりも…前編】-5
「さ、注文して食べましょう」
三品ほどの料理にワインを食べながら、私と慶子は、20年の歳月を埋めるよう昔話に華を咲かせた。
比例するようにワインの量はすすみ、いつしか2本目のワインが残りわずかになっていた。
ひしめくようにテーブルを占領していた他の客も、半数以上消えていた。
「そろそろ出ようか…?」
私の問いかけに、彼女は腕時計を見ると、
「まだ9時半じゃない……場所変えて、もう一軒行きましょうよ」
慶子は少し酔っているのか、虚ろな目で私を見つめる。私に映るその目は、なにか懇願しているように見えた。
「ケイちゃん、どこかお勧めの店は?」
「私の知ってる店でも構わない?」
「もちろんさ。そこに行こうよ」
彼女に連れられて来たのはホテル最上階にあるバーだった。
長いカウンターの向こうが一面ガラス張りで、夜ともなれば、煌々しいほどのイルミネーションと、その間を行き交う人の河が一望出来る。
私達はカウンターのとまり木に座る。
「私、ここのマティーニが好きなの…」
慶子は私の耳元でそう呟いた。確かに、マティーニほど店によって味わいが異なるモノはない。
私はロイヤル・サルートをダブルで注文した。どうも昔からカクテルは苦手としていた。
私達は目の前で繰り広げられるパフォーマンスをぼんやり眺め、黙っていた。
先ほどまで料理店で見せた『うわべの気さくさ』が無くなり、私は、どう切り出そうかと躊躇した。おそらく慶子も。
ほどなく二人の前にグラスが置かれる。
慶子はカクテル・グラスを手にすると微笑みながら、
「何に乾杯しようか?」
私は少しぎこちなく薄笑いを浮かべて、
「お互いの再開に…」
お互いのグラスが軽く合わさる。私達はお互いを見つめ合いながらグラスを傾けた……
…【思い出よりも 前編 完】…