その後の淫魔戦記-1
山間の道を、高級車が走っていた。
ドライバーは、中西榊(なかにし・さかき)。
助手席には、藤谷由利子(ふじたに・ゆりこ)。
後部座席には、五人。
少年から青年へと脱皮した、神保直人(じんぽう・なおと)。
その妻となった、神保未緒(じんぽう・みお)。
神保直人の母、神保操(じんぽう・みさお)。
夫婦の形式上の長子、神保伊織(じんぽう・いおり)。
そして……夫婦の実子、神保光(じんぽう・ひかる)。
「あ〜、ぶー、みーまーまー」
チャイルドシートに固定された光は、母を求めて声を出す。
「もうちょっとで着くから、それまでの辛抱ね」
ふわんふわんの髪の毛を撫でてやると、光はにぱっと唇を綻ばせた。
「ぱー」
未緒の隣にいた直人は、がくっとつんのめる。
母親である未緒の事は『みーまーまー』と呼ぶくせに、父親である直人の事は『ぱー』呼ばわりだ。
せめて『ぱーぱ』くらいにして欲しいと思うの だが、こればっかりは要求すればどうにかなるものでもない。
「榊。あとどれくらいで着く?」
気を取り直して、直人は運転者に声をかける。
「そうですね……あと数分、といった所でしょうか」
カーナビを見た榊は、あっさりと答えた。
「もう少し行けば、見えてくるはずです」
直人と未緒の新婚旅行を兼ねた家族旅行の素案を進言したのは、榊だった。
神保家が昔から懇意にしている温泉旅館から、時候の挨拶と共に名物の桜が見ごろを迎えそうだという報せが届いたのが、そのきっかけである。
何しろ結婚式当日に妻の妊娠が分かったものだから、直人は大事をとって予定していた新婚旅行をすぐさま取りやめた。
それから二年……未緒は育つ命を慈しみ、直人は妻と子を守る事に終始していたのだから、旅行になど行ける訳がない。
生まれた息子は今の所順調に育っているし、開祖の血が濃いためか年の割に利発で聞き分けが良くて、本当に手がかからない。
親の欲目ではない。念のため。
しかし……今更『さあ改めて』というのも何となく躊躇っていた直人は、榊の進言へ渡りに船とばかりに飛び付いた。
新婚旅行ではなく家族旅行という形にしたのは、一緒に行くメンバーが交代で光の面倒を見て、夫婦に二人きりの時間を持たせるためである。
かくして光がなついているという観点から、初対面から妙にウマが合って仲良くしている二人の母親と何故か未だに居候をしている伊織、六人の世話をする榊というメンバーが構成され、旅館に向かっているのだった。
山あいの道を抜け切ると、急に視界が開けた。
窓を少し開けると、僅かに硫黄の臭いがする。
「ぶ〜」
初めて温泉の……硫黄の臭いを嗅いだ光は、嫌そうな声を出した。
「後で一緒にお風呂へ入ろうね」
未緒が頬を撫でると、光のご機嫌はすぐに直る。
――車は温泉街を通り抜け、奥まった旅館の玄関前で駐車した。
「着きました」
まずは榊が車から降り、後部座席のドアを開ける。
最初に伊織が降りてから操、そして直人が降りた。
先に降りた直人へ光を手渡し、ようやく未緒が降りる。
そこには、従業員が勢揃いしていた。
「あ……」
驚く未緒の前に、嫌になる程完璧に着物を着こなした美女が進み出る。