その後の淫魔戦記-5
「う、そ……!」
しばらくして喉から押し出した声は、とても自分のものとは思えない程にしわがれている。
「未緒は……既に産む決意をしています。僕はもう、それを支持する決意を固めました。諸々の事を考えるとご自宅より、家で未緒を預かった方がいいでしょう」
直人は、深く息をついた。
「率直に申し上げて……藤谷さん。あなたに、選択の余地はあまりありません。今すぐお返事を求めるような真似はしませんが……必要でしたらいくらでも、あなたを説得する時間を割きます」
ふっと、直人が弱々しい笑みを浮かべる。
「少なくとも、もう少し体力が回復してからになりますが」
「ふぅ……」
由利子はため息をつき、おもむろに立ち上がった。
このまま湯舟に浸かっていたら、のぼせてしまう。
「……え?」
ふと視線を巡らせた由利子は、戸惑った声を上げていた。
自分以外の人の姿が、全く見えなくなっている。
人の姿が少ないのは時間帯によっては有り得るだろうが、全くないというのは特異な事だ。
「一体……」
呟く由利子の耳に、出入口の引き戸が開く音が響く。
「人払いを、させて貰った」
その声に、由利子は凍り付いた。
湯気の向こうへ現れた姿……それは明らかに、会う事を避けていた男。
「……え?」
男……ではない。
顔立ちも声も、明らかに伊織のそれである。
しかしその胸は、女性としての膨らみを見せていた。
隠されていない下半身にも、男である事を示す器官が見当たらない。
「男のままで女湯に入る訳にはいかないからな。体を変化させた」
何気ない事のように言われたそれが、事実を由利子に突き付ける。
自分に娘を孕ませた男は、人間外のモノなのだと。
「聞きたい事があったんだが……」
伊織は、由利子の傍へやってきた。
恐怖は、感じない。
ただ、自分にも説明がつけられない程に感情が揺らめいている。
「本来なら聞く資格はないし、ずっと避けられていたからな」
湯舟の中に、伊織の体が滑り込んだ。
「初めて、あの子を見た時からずっと考えてた。名前……当て付けかなって」
由利子に、答える義務はない。
だが……気付くと、口を開けていた。
「字の通りよ。『未だ、あなたに繋がれざる緒(もの)』……長い人生の中でこれから出会う人達に必要とされる人間になるようにと、願いを籠めたわ」
答えてくれた事に驚いたのか、伊織の肩がぴくりと動く。
「……そうか」
ややあって、伊織は呟くように言った。
「いい……名だな」
今度は、由利子がぴくりと震える。
伊織の事を、許すつもりはない。
だが今の一言は、肩から力が抜けるのに十分な威力を持っていた。
「でも……当て付けも含んでいたのかもね」
何となく愉快な気分になりつつ、由利子は言う。
「あの子と繋がれていないあなた……その『あなた』は友人かも知れないし、父親かも知れない」
伊織が、ふっと息をついた。
「許してくれ、とは言わない。ただ……償うべき事がある」
由利子は、体を緊張させる。
「俺は……何をもって、人生を目茶苦茶にした代償とすればいい?」