その後の淫魔戦記-14
「直人……」
たまり兼ねて声をかけると、直人は未緒を見た。
「……大丈夫」
瞳に浮かんだ感情を読み取ったか、直人はそう言う。
「有月が眠りに就いた事は……率直に言って、凄く悲しくて寂しい」
直人は、光の頭を撫でた。
「でも……古い絆が消えた一方で、僕には新しい絆がたくさんある」
チャイルドシートのハーネスを外し、直人は息子を抱き上げる。
「悲しむ事は有月も許さないだろうし、僕自身が許せない。大丈夫だよ」
「ええ……」
我ながら間抜けに聞こえる声で、未緒は返事を返した。
見間違いだろうかと、自問自答する。
まさか……光がウインクするだなんてと。
「ぱー、ぱー」
ぽっちゃりした腕を振り回し、光は直人を叩いた。
「何だ、僕の抱っこは嫌か?」
次の瞬間、直人は間抜け面を曝す羽目になる。
「なおとぱぁぱ」
にっかり笑って、光は父を呼んだ。
それは乳児らしい無邪気なものではなく、きちんとした自我を持つ一人前の人間らしい笑みである。
それも良からぬ企みを暴露してやったカタルシスに溢れた、意地悪い笑みだ。
「光、おま……あーーーーーーっっっ!!?」
直人の絶叫に、榊以外の全員が耳を押さえる。
「ちっくしょ、お前っ……!」
狼狽する直人を見て、未緒は目を白黒させた。
「今まで全部、わざとやってたなぁっ!?」
にひひ、と光が笑う。
「ど、どういう事?」
戸惑う未緒へ、直人は肩を落としてみせた。
「どうもこうも……こいつはきちんと自意識があって、今まで僕達を騙してたんだよ!無邪気な赤ん坊のふりをしてさ!」
事情を理解した未緒は、光を凝視する。
「そうだひょぅ、まぁま。まりゃうみゃくひゃめれらいかりゃ、らまってひゃらけ」
乳児が喋るという異常事態に、他の三人は硬直してしまった。
例外は榊で、全く動じずに車の運転を続けている。
「いや、お坊ちゃまは若によく似ていらっしゃる。若もおしめをしていた頃、このような不意打ちをして下さいましたからね」
その理由が暴露されると、直人は決まり悪そうな顔をした。
「榊」
「失礼」
たしなめる声に、榊は軽い口調で答える。
「全く……」
唸ってから、直人は光を抱き直した。
「お前とは、色々と話し合う必要がありそうだな?」
光が、怯んだような顔をする。
にやっと笑うと、直人は光をチャイルドシートに戻した。
「帰り道はまだまだあるし、時間もたっぷりある。じっくり聞き出してやるから、覚悟しとけよ」
<了>