『名のない絵描きの物語〜列車編〜』-1
羊雲を見た。
青い空に浮かぶ、白い雲。
とりあえず寂しそうには見えなくて、私は泣いた。
鳥が一羽、太陽に消えて行くのを見送った。
彼は浮気をしているのだろうか。
鳥の様に、雲の様に、あの空を渡って行けたら。と思った。
ガタンッゴトンッ、と列車は揺れる。
小気味の良いリズムが眠りを誘う、僕は少しのびをした。
窓から見える空にはゆったりと進む雲が一つ。 伸びやかに、緩やかに笑っている様に思えた。
使い古したスケッチブックにそれを写す。
僕はいつもの様に、質問をした。
『楽しそうだね。どうしたんだい?』
奇妙な人。
空に話しかけている。
絵を描きながら、空に向かって話しをしている。
周りの眼を気にせずに。実際、私が向かいに座っている事など気にならないみたいに。
しかしその人は自然に見えた。
絵描きサンが大きく一回、のびをした。
ずれた麦わら帽子が可笑しかった。
向かいに座る絵描きサンは、とても眠たそうにまた絵を描きはじめた。
とても上手な絵だ。
あんまり詳しくはない方だが、たぶんデッサン画であろう。 鉛筆一本だけで、窓に広がる景色をおさめていった。
すごいな…。
キレイな絵。
私は素直にそう思った。
声をかけてみようと思った。 普段なら絶対こんな変な人には話しかけないが、今はなにか、彼の事を忘れるなにかが欲しかった。
「旅行の方ですか?」
たぶん列車に乗り合わせた出会いなら、無難な言葉を選んだ。
『えっ?あぁ、少し違いますね。 旅をしてます。』 絵描きサンは、急に話しかけられたのを驚いたのか、すこし困惑気味に答えた。
やっぱり話しかけなければ良かった、と後悔した。
「旅…ですか…?どこにですか?」
『目的地はありません。ただ旅をしているのです。』
静かにそう答えた。
何故か不思議に親近感がわいた。
急に話しかけられた。
ずっと窓の外を見てたので気が付かなかったのだが、どうやら向かいの席に座っていた女性の様だ。
美しい女性。
しかしどこか悲しそうだ。
僕は奇妙なものを見る眼に向かって答えていった。
長い髪の毛に切れ長の眼。
汚れたコートにボロボロのジーンズ。
申し訳なさそうに頭に乗る麦わら帽子と黒い革のバッグ。
パッと見た感じは浮浪者にしか見えない。
しかし何故か、嫌な感じはなかった。 むしろ、切れ長の眼を見てると心が暖かくなった。
私は絵描きサンに興味を覚えた。
「絵を描かれるんですね? 上手ですね?」
もう少し、話してみたいと思った。