投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『名のない絵描きの物語』
【その他 恋愛小説】

『名のない絵描きの物語』の最初へ 『名のない絵描きの物語』 7 『名のない絵描きの物語』 9 『名のない絵描きの物語』の最後へ

『名のない絵描きの物語〜列車編〜』-2

『そんなに上手とは思わないのですが… 描くのは好きです。』
「なぜ、雲の絵を? 窓から見える景色ではなくて」
『雲が…笑った様に思うのです。 その姿が可愛いらしかったので、つい。』
なんとなく、“らしさ”が出てた台詞だな、と思った。
言ってる事はおかしいけれど。
でもやはり、不快な気持ちにならず、むしろ面白い。
「それで、雲に質問を?」
『聞いてらしたのですか? いや、お恥ずかしい。 いえね、たまに答えてくれる時があるのです。それで聞いてしまったのですが…』
ばつの悪そうな顔をする絵描きサン。
照れてる姿がとてもかわいかった。
『いやはや、お恥ずかしい所を見られてしまいました。 田中は恥ずかしいです』





田中と言う名前なんだ。
平凡な名前だな。
「田中サン、とおっしゃられるのですか?」
『いえ、名前はわかりません。 しかし、前に田中と呼ばれていた事がありまして。』
「へぇ…名前がわからないとは?」
『文字通り、わからないのです。 知らないのではなく、思いだせないわけでもない。 ただ“わからない”のです。』
理解に苦しむ内容だ。
けれど田中サンの言わんとしてる事は、理解できた。
『わからないので、田中と名乗る様にしています。 いずれ本当の名がわかると良いのですが』
そう言って田中サンは少し笑った。
笑った顔が素敵に思えた。
雲が一つ、流れていた。





前にもこの説明をした事を思い出した。
“田中”という名は結構気に入っていた。
いつか、彼と別れた子がつけてくれた名前だ。
私の名前は田中。

羊雲が、笑った様に見えた。 スケッチブックに描いた白は、大きく動いている様に思えた。





田中サンは絵を描き続けた。 青空に浮かぶ白い雲を、そして白を目指す青い鳥達も。

ガッタンーーーー
不意に列車が止まった。
田中サンは少しバランス崩し、拍子に帽子がずり落ちた。
麦わら帽子は、また申し訳なさそうに落ちていった。
それがなんだか悲しくみえた。

『ととっ、危ない危ない。 いきなり止まってどうしたんですかね?』
田中サンは帽子をとりながら言った。
帽子はまた、自分の位置に帰ってこれて嬉しそうだ。
「この辺じゃよくありますよ。羊が線路をまたいで渡ってるんです。―ホラ」
見ると羊の群れが線路を横切ってくのが見えた。
『本当ですね。 羊がいっぱいだ。 あぁ、あの子とても楽しそうに笑っていますねぇ』
田中サンはそう言って、ボンヤリ羊達を見つめていた。
羊とも話せるのだろうか。


『名のない絵描きの物語』の最初へ 『名のない絵描きの物語』 7 『名のない絵描きの物語』 9 『名のない絵描きの物語』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前