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『名のない絵描きの物語』
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『名のない絵描きの物語』-6

暖かい絵だな。
そう思った。
小さいながらも力強く、しっかりと自己主張をしてる様だ。
まるで、私にはない心の様だ。
彼を忘れられないが、忘れようともがく私の矛盾。

綿毛が一つ、地に落ちるのを見た。
私は少し、涙を流した。
けれどもそれは、悲しくはなかった。





田中さんは行く様だ。
もっと話しが聞きたいと思ったが、田中さんは留まろうとはしなかった。
『田中は旅をする運命にある様に思うのです。 あなたみたいな悲しく泣く人を、慰める旅をしなくてはならないのです』
それは何故?と私は小さく質問した。
『何故かはわかりません。 ただ田中は人が泣く姿を見るのは好きではありません。 なにかをする理由なんてそんなもので良いのではないでしょうか。』
私はなるほど、と頷いた。
確かにそう思える。
田中さんが話すと、何故か素直に心に染みる。
『それでは私は行こうと思います。
最後に一つ。
綿毛が飛ぶのは風が有るから。
花が咲くのは太陽が有るから。
私が絵を描くのは好きだから。
物事がなにかをしようとするとき、そこには理由が有るものです。 だから恐れず進んで下さい。
あなたの理由が、あなたの大事な人である事を願って。』

そう言って、田中さんはさっていった。

麦わら帽子がひょこひょこ揺れていた。





公園から帰る時、道路のひび割れに咲く二つのタンポポを見かけた。
片方はまだ咲きほこり、またもう一方は綿毛が全て飛んだ後だった。
私は何故か嬉しくなって、気が付けば問いかけていた。

「何故笑っているの?」

片方の花は、はにかんで微笑んだ気がした。
もう片方の花は、すがすがしい顔で笑った気がした。




私は綿毛が飛んでいくのを見送った。
青い空に飛んでいくのを。


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