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『名のない絵描きの物語』
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『名のない絵描きの物語』-5

彼女が笑った。
初め見た時は悲しい眼をしていたのだけれど。
笑うとこんな良い顔をするんだ。
やはり人は笑うべきだ。
悲しい顔は見たくない。

タンポポの綿毛が、ゆっくりと目の前を通りすぎた。

彼女がこの先、笑って行けたらいいと、心からそう思った。





田中さんは心配そうにこっちを向いた。
私をジッと見て少し笑った。
なんだか心が晴れた気がした。
悩み事が消えたみたいだった。
田中さんは絵の続きを描きはじめた。 花に話しかけるのはしなかった。

「なんていう題名にするんですか?」
『題名ですか? そうですね…。』
また、不思議そうな顔をした。
この顔を見るのが好きになりそうだ。
『では、あなたの一番大事な方は誰ですか?』
ドキリとした。
別れた彼がフッと思い出された。
私はブンブンと、頭をふった。
彼の事は…忘れないと。

『どうかなさいましたか?』
「いえ、なんでもないです。けどどうしてですか?」
『いや、出会った時にすごい顔をなされていたので。』
初対面の人。
なのに全てがみすからされてる様で、しかし嫌な気はしなかった。
むしろ、自分から話していた。
「私、最近に付き合っていた人と別れたんです。 フラレちゃいました。」
田中さんは静かに頷いた。
眼を真っ直ぐ、こちらに向けたまま。
薄い瞳が、印象的だった。
「辛かったんです。それで気分を晴らそうと公園に。 しばらく家に引きこもりっきりでしたから」
タンポポの綿毛が、眼の前を通りすぎた。
「田中さんに話しかけたのは気をまぎらわす為です。 おかげで心が落ち着きました。」
実際、久しぶりに笑った。
不思議な人だなって、可笑しかった。
田中さんはゆっくり言った。
『ではこの絵の題名はあなたの大事であった人の名前に致しましょう。 そしてこの絵をあなたにプレゼントします。』
私は何故かわからなかった。
田中さんが言った意味を理解できないでいた。





『タンポポは花を咲かせた後、綿毛になります。綿毛は次の春に芽を出す為に風に乗って旅にでます。
あなたの心と同じではないですか? あなたも次を求めてここにきた。
綿毛が無くなるならば、あなたが大事な人を忘れられた証。
綿毛が風に飛ばされていないならば、あなたは大事な人を忘れられてはいない。
強く吹く風にたえ、長く高く太陽を目指して伸びる。
このタンポポの様に可憐に咲いてみて下さい。』
田中さんは一気に言った。
不思議と心に響く言葉だった。
田中さんはそういって、描き終えた一枚の絵を私に手渡した。
白い指がキレイだった。

黄色いタンポポがこっちを向いていた。





彼女が辛かったのは眼に見えてわかった。
だから、タンポポを心に例えた。
伝わったかどうかはイマイチだが。
それでも彼女は、絵を見て少し笑ってみせた。


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