『名のない絵描きの物語』-3
『どうかなさいましたか?』
私はひどく、ボーッとしてた様だ。
心配そうに顔を伺っている。
「あっ、大丈夫です。 旅を…ね。それで花とお話しを?」
やっぱり聞いておきたかった。
何故、花に話しかけてたのか。
何を話しかけていたのか。
『あぁ、少し楽しそうだったので… 理由を尋ねてました。』
やはりだいぶ変な人なのだろうか。
花と会話をしていたのだろうか。
しかしやはり、彼ならなんとなくそうなんだろうと思った。
けれどやはり、可笑しかった。
「それで?花はなんと答えたんですか?」
『とても良い天気だから、だと。 とても素敵な笑顔で答えてくれましたよ。』
彼は嬉々と語りだした。
普通なら軽く頭がオカシイ人だと思うだろうけど、彼は自然な感じがした。
それがなんだか可笑しかった。
私は少し、彼を知りたいと思った。
「お名前は?なんとおっしゃるのですか?」
やはり『彼』や『絵描き』では呼びにくい。
『名前…ですか。 さぁ…なんというんでしょう…』
「名前がわからないんですか?」
軽くショックを受けた。
まさかホントにイカれてるかと思った。
けど、自然体なのは変わらない。
『いやいや。わからないのではないのです。 知らないのですよ。』
不思議と耳に響いた言葉だった。
『思い出せない、のとも少し違います。 知らないのです。』
なんとなくわかった。
意味はわからないけど、なんとなく。
でも、やはり名前は必要だ。
「じゃあ今まではなんと呼ばれていたんですか?」
『絵描きサン、とか。 名無しサン、とか。 あと変人サン、なんて呼ばれた事もありましたか』
たぶん、ネーミングセンスがない方々だったのだろう。
しかし困らないものなのだろうか。
不思議に思い聞いてみた。
「名前がないと不便じゃないですか?」
『そうですね… 今までは困らなかったですね。』
やはり自然体に答えた。
たぶんきっと、そうなんだろう。
私は何故か納得した。
不思議と質問に答えていた。
投げ掛けられる言葉、一つ一つをゆっくり考えて丁寧に答えた。
特に名前に関する事を聞かれた。
何故か僕は自分がわからなくて、答えるのに困ってしまった。
けれど、彼女は納得してくれたみたいだった。
人と話しをするのは久しぶりだ。