首切り地蔵さん、足そぎ地蔵さん-1
皆様今晩は。今夜語ります物語は『首切り地蔵さん、足そぎ地蔵さん』というお話。
ことは、一人の若者が夕方に山を越えようとするところから始まります。
当時、夜の峠といえばまさに一寸先は闇。可笑しな表現をいたしましたが、なんとなく様子をご想像頂けるのではないでしょうか?
そう、現代のように外灯など無い時代。夜の山はまさに闇に閉ざされます。
そんなことはこの若者もよくわかっている筈。なのに彼は、なぜ夕方から山を越えようとしたのでしょうか? なぜ麓の村で夜を明かそうと思わなかったのでしょうか?
まあ、その話は本編とは関係の無い話。ここでは省きましょうか。重要なのは、一人の若者が夕方から山を越えようとしていること。これだけ解って頂ければ十分で御座います。
その山にはある掟と言いますか、とあるルールがありました。それは日が暮れてから山道を通る時は、途中にある『首切り地蔵さん、足そぎ地蔵さん』にお供え物をしなければならないということ。
あれ、そこの坊や。震えていますが怖いのですか? はっはっは、武者震いということにして置きましょうかね。
さてさて、待ちきれない方もいらっしゃるようですので、始めましょうか。それでは『首切り地蔵さん、足そぎ地蔵さん』……始まりぃ、始まりぃ!
「これこれ、あんた。これから山を越えようっていうんですか?」
急いで歩いていると、突然そんなことを言われた。私は今まさに山に向かい歩いていたのだ。
「いかにも、その通り。無論この時間から山に入れば、越える前に日が暮れてしまうのも承知済みだが? 野宿も仕方ないと思っている」
と、右手に持った小さな提灯を老人に見せた。
私は本当に急がなくてはならないのだ。こんな無駄話をしている時間すら惜しい。
目の前の老人は、呆れとも怯えとも見える複雑な表情を見せた。どうやら私がこれから山に入るのが不都合らしい。
「なんだ、この山は夜中には越えてはいけない理由でもあるのか? 例えば 野党や追い剥ぎが出るとか」
「いえいえ、そういうわけではないのですがね」
「じゃあなんだ? 幽霊や物の怪の類でも出るのか?」
「まさか、そんなことは……」
どうにもはっきりしないな。この老人の様子から、これから山に入ると不都合がある様なのは分かる。だが、それを私に言おうか言うまいか悩んでいるように見える。山賊もいない、幽霊もでない。それならなぜ山に入ってはいけないのだ?
「いやいや、別に入っちゃあいけないわけではないですがね」
老人は困った顔で、私の心の中に浮かんだ疑問を否定した。どうも、怪訝な心中が顔に出てしまったらしい。
「おいおい、ちゃんと説明してくれよ。すっきりしないなぁ」
「ははは、いやあ、こんなことを余所の人に言うと笑われちまうかもしれないんですがね」
老人は苦笑いをして、何本か歯の抜けた口内を覗かせた。
「この山にはね、守り神がいるんですよ。首切り地蔵さん、足そぎ地蔵さんっていう」
「また随分物騒な名前の守り神様だな。なんだ、その守り神は夜に人が山に立ち入るのを嫌うのか?」
「まあ私もどういう謂れがあるのか詳しくは知らないのですがね、そういうことらしいです」
こういう村の風習みたいなものをぞんざいに扱いたくはないが、いかんせん今は急がなくてはならない。その守り神様には申し訳ないが、山に入らせてもらおう。
「でも急がなくてはいけないのでね。なんとかお目こぼししてもらうさ」
私はそう言って歩き出した。