首切り地蔵さん、足そぎ地蔵さん-2
「あ、ちょっとちょっと! まだ続きがあるんですよ!」
老人の慌てた声に、私は振り返った。二度目の足止めなので、かなり不機嫌な顔になっていたかもしれない。
「ははは、まあ落ち着いて。で、夜中に山道を通る時は、首切り地蔵さんと足そぎ地蔵さんにお供え物をしなきゃいけないんですよ。お供え物をすれば通ってよし、とまあそういうことです」
「なんだ、そういうことか。それなら、道中で土産にしてもらった、旨い団子がある」
それはたまたま立ち寄った団子屋のものなのだが、これは本当に旨かった。茶との相性もよく、少しのつもりが腹いっぱい食べてしまったのだ。それでもまだ足りぬと、土産にして貰ったのだが……これを供物にするには抵抗があるが、地蔵様へのお裾分けと思えば大したことは無い。
「いやあ、それが首切り地蔵さんと足そぎ地蔵さんは好き嫌いが激しくて、供え物は決まっているんですよ。首切り地蔵さんには草餅、足そぎ地蔵さんには酒ってね」
「ほう、そりゃまた贅沢な地蔵様だな。だが生憎私は両方とも持っていない」
「それなら、ほら、あそこの商店にあります。それを買って、山の中腹にある地蔵様に供えてくださいな」
老人はそう言いながら、古ぼけた商店を指差す。
ほうそうか、と私は草餅と酒を買うことにした。団子を供えることにならずに済むと安堵しながら。
この店の店主に事情を説明したら、地蔵様に供えるならと、タダ同然で草餅と酒を売ってくれた。どうやら地蔵様はこの村では大分親しまれているらしい。
「よし、これで山に向かえるわけだな」
「あ、そうだ! 言い忘れていましたが、草餅と酒を間違えて供えないでください。首切り地蔵さんと足そぎ地蔵さんは仲が悪くて、それぞれの好物を間違えて供えたりしたらとんでもないことになります」
「守り神同士が仲が悪いとは面白い話だな。まあ間違えなければいいわけだろう。首切り地蔵さんには草餅、足そぎ地蔵さんには酒、これで大丈夫だな」
私がそう確認すると、老人は笑顔で手を振って送ってくれた。そんなやり取りをしている間にも、日はどんどん傾いていく。
私はさらに急ぎ、歩く足を速めることにした。
赤く染まった雲に真っ黒な影が走る。赤……そう、もうすっかり陽が傾いてしまった。
夕暮れに似合う鳥と言えばカラスしかいない。カァ、カァ、と唄いながら、空という赤い海を気持ちよさそうに泳いでいく。私がカラスだったなら、今日中に山を越えられただろうに。
そんなことを考えていたらあることに気がついた。
「ふむ、そういえば地蔵が二つあるらしいことは言っていたが、どっちがどっちなのかを聞くのを忘れていたな」
やはり慌てていると肝心なことを忘れるものだ。間違えたら大変なことになるらしいが……まあなんとかなるか。
首切り地蔵、足そぎ地蔵なんて名が付くくらいだ。なにか、わかりやすい特徴があるに違いない。仮に間違えたとしても、老人が言うほど大変なことにはならないだろう。
そして、夕日が落ち夜の闇が辺りを支配し始めた頃、ようやくそれらしい二つの地蔵を見つけることが出来た。
二つの地蔵は山道を挟んで向かい合っていて、この道を通るものを監視しているようだった。
近づいて提灯で照らしてみると、なるほど、間違いなくこの二つが首切り地蔵さんと足そぎ地蔵さんだということが分かる。なぜなら、それら二つの地蔵は普通の地蔵とは明らかに違う部分があったからだ。
片方の地蔵には首から上がスッパリと無く、頭の代わりにあった筈の闇も、私が提灯で照らしたせいで、ただただ虚空が浮かぶだけであった。
もう片方は一見には下半身が土中に埋まっているだけように見えたのだが、そうではなく下半身、つまり足に当たる部分が存在していないことが確認できた。
「ふむ、これが首切り地蔵さん、足そぎ地蔵さんか。首切り地蔵さんには草餅、足そぎ地蔵さんには酒っと」
私はまず首のない地蔵の前にしゃがみこむと、先ほど買った草餅を供え、ついでにこの旅路の安全祈願をした。
同様に、足のない地蔵にも酒を供え、同じく旅路の安全祈願をする。
「これで堂々とこの山を越えることが出来るわけだな」
ふぅ、と安堵のため息をつくと、私は夜の闇を掻き分けるように山道を高いほうへと登り始めた。