針のない時計-1
動物…なんでもいい、猫とか鳥とか…いや、もっと、蛇とかカエルとか…いやもっと!!もっと…そう…虫…虫みたいに…
そう…あんな風に私も…私も、感情をなくしたい…
恋愛なんかしない……そんな生き物になってしまいたい…
「はぁぁ〜…」
「あ?何?この晴天の、しかも日曜の真っ昼間にやめてくれる?その憂い混じりのため息!!」
井元 咲子(いもと さきこ)病院でリハビリの仕事をしている23歳、女。
「だって…」
この、うじうじした男は矢島 ハル(やじま はる)フリーターの21歳、男。
私達は一緒に住んでいる。正確にはハルが私の家に転がり込んできた。一年前の冬に…
「咲何してんの?」
「天気いいから布団干してんの、邪魔だから出かけてくれない?」
「んー…瓜生が一緒だったら行ってもいいー…」
「…ばーーか」
小畑 瓜生(こばた うりゅう)フリーター25歳、男。もう一人の同居人…
ハルが家にやってきた1ヶ月後、ハルが拾って来たのだ。
私、布団を持ち上げてベランダの窓を開けた。
春の匂い…
ー…やっと春が来た…
冬は嫌いだ。血なまぐさくて吐き気がする。
ハルに出会ったのが冬じゃなかったら、きっと一緒にはいなかっただろう…
「瓜生どこ行ったの?」
ハル、四つ這いでゆっくりとベランダに頭を出した。
「行った、じゃなくてまだ帰ってませんが」
私、ハルのせなかに足を置き思いっきり体重を乗せた。
「っうっー…」
わざとらしく倒れこむハル、なんだかイラついて今までハルが寝ていた布団を担いで、ハルの背に足をかけた。
「…最近さ…瓜生ってバイトの日帰らなくなっちゃったね」
どきん…ー
私を見上げるハルの目…私はこの目に弱い…
「…心配なら着いてけば?」
「う〜…うっ痛いっ…」
私、ハルの背に体重を乗せて2・3回バウンドした。
だって本当にむかつく、そんなに切なそうに瓜生の名を出すハルが…
私はズルイのだろうか?
ハルが好き?そう聞かれたなら、即答で首を横に振る。それはウソではない。だけどハルを手放す気もない…
やっぱりズルイ…のだろうか?…
布団を干し終え、洗濯機のスイッチを押し、タバコに火をつける…
ガチャガチャー
「ー…眠っ…」
瓜生だ…やたら背が高くバイト先のカフェバーでは女子に人気らしい。
「あ〜…布団干したから、ごめん」
「ん?あ〜…うん…あっはい、朝…昼?飯」
そう言ってコンビニの袋を手渡され、中身はパンにおにぎり、ケーキと牛乳、と…タバコ…
ーよく見てるな〜…
私がおいしいって言ったものばかり…いや、ケーキは新作。
倒れこむようにカーペットに転がり寝息をたてる瓜生…
そんな瓜生を赤ら顔で切なそうに見つめるハル。
ー……
私、ベランダから掛け布団を引っ張り込むとハルに手渡した。
瓜生が買ってきた袋から荷を出しながら笑顔になる私…
やはり私はズルイのだろう…
瓜生を好き?って聞かれたらきっと即答で首を横に振る。それもウソではない。だけど、瓜生も手放す気はない…
私は私が嫌いだ。一人で生きていこうと決めたのに、すでに一人ではいられない…
好きではない。それは本当。でも手放せない。そんな曖昧な感情でも私は許されない…この感情ですら感じてはいけない…そんな気がする…