針のない時計-8
「馬鹿馬鹿しいっとにかく帰るんだ」
父親がハルを睨みつけながら言い、靴を履きだした。
「…あなた…」
そんな父親を母親がまっすぐ見据えた。
「何だ」
「…私達だけで帰りましょう」
その言葉に父親の動きが止まる。
「何を言ってるんだお前は」
「私達だけで帰りましょう」
静かに…だけどまっすぐな視線で母親は言うと、私へと視線を移した。
「…あなたの言う通りです…その通りなの…私…母親を放棄してたの…何を言っても何をしてもこの人から否定されて、もう…煩わしくなってこの人の言う通りにやってきてしまったんです…」
「何を言い出すんだお前は!!」
怒鳴り声をあげる父親を無視し、母親はハルへ優しく視線を向けた。
「健吾…今までごめんなさい…恋愛のことはひとまずおいといて、これから、あなたの人生をどう生きていくか、しっかり考えていきなさい」
飼い犬に噛まれた…そんな顔をした父親…
「…健吾に…えらそうなこと…言えないわね…本当にごめんなさい」
「……」
母親に深々と頭を下げられるハル、困惑しているのが見て取れた。
「それじゃあ、私達は失礼します」
母親はゆっくり私の方へ向き直り、言った。
「…あの…朝ご飯、食べていきませんか?…」
なぜだろう…私の口は勝手にそう動いていた。
何だか、今この家族を引き離してはいけないような気がしたのだ…ただ…なんとなく…
それから私達は無言でご飯の支度をし、無言で食事を終えた。
ゆっくりと箸を置いたハル、正座をし、姿勢を正してから深々と頭を下げた。
ーハル…
「あの日…成人式の日…あんな形で家を飛び出してすみませんでした…でも、もう大学に戻るつもりはありません。もう少しだけ…ここにいさせて下さいっ」
「…大学を辞めて何をするつもりだ」
父親はハルを見ずに言った。
「やりたいこと…必ず見つけて帰ります…」
ドクンっー
『帰ります』
分かってる…このままなんて有り得ない…私達はいつか終わらなければいけないのだ。
「…俺も…母さんも納得できるだけのものを持って帰りなさい」
父親は言い終わらないうちに立ち上がる。
「あなた…」
それを見て母親もゆっくりと立ち上がった。
ー…これでいい…
これでいい…これでいい…
私は何度も自分へ言い聞かせていた。
ハルの両親が帰ってからすぐ、瓜生が帰ってきた。
思った通り、瓜生は何かを悟ったようだったが何も聞かずいつものように眠りについた。
私は瓜生を横目にタバコに火を付ける。
ーん?今日…初タバコ…
そんなどうでもいいことを考えながら…
「…あの日さ〜…」
突然ハルが口を開く。
「え?」
「家、飛び出した日…」
「…もういいよ…何があったのかより、これからの事、考える方が大切でしょ…」
「咲…」
どうでもいい…何があったのかとか、ハルが何をしたいのかとか、私にはどうでもいい事だ…
だって私はハルを手放したくないだけだから…
私は自分の事しか考えていないのだ…