帰省-1
大学生になって三年目の冬。
『帰省』という名の恒例行事は今回で四回目になる。これが多いのか少ないのかは僕には分からないが、これで四回目だ。
四回目、と二度も繰り返すことに意味はない。四という数字に思うところなど何一つ無い。なんとなくだ、なんとなく。
12月25日
『え……帰ってくるの?』
「うん」
電話越しにその動揺ぶりが伝わってきたが、妹の驚き様が今ひとつ理解できない。
『あ、ちょっと待ってて………おかーさんっ!匡くんが―――』
電話の相手を待たせる時に保留にしない辺りが、実にうちの家族らしい。叫び声が聞こえる。
家族だからなのか、機能を使いこなせていないのか、はたまたそんな機能があることすら知らないのか。使わない理由は分からない。僕は電話越しの相手を待たせるようなことはしたことないから、未だにその機能を使ったことがないのだが。
どうでもいいことを考えて時間を潰していた。
『もしもし?お兄ちゃん?』
僕のことを“お兄ちゃん”と呼ぶのは今となってはこの世界に一人しかいない、と言っても過言ではない。その声は紛れもなく僕の母親だった。
「明後日帰る」
『言うことはそれだけ?』
「それだけ」
『そう……』
今にも溜息を吐きそうな(もう吐いてるのかもしれない)、トーンの落ちた相槌を返したきりだった。
「どうかした?」
『なんでもないわ。帰ってくるのはいいけど迎えには行かないわよ』
「わかった」
それだけ言って僕は電話を切った。電話での長話は好きではない。“素っ気ない”とよく言われるのだが、この言葉は何年も前から僕の代名詞の様なものだから、僕に言ったところで皮肉にはならない。
そんな訳で、四回目の帰省が決定したのであった。
12月27日
宣言通り迎えは来てなかった。一応駅のロータリーを確認したが、家の車と覚しき物は見当たらなかった。
これは僕のミジンコほどのプライドが言うが、断じて期待していた訳ではない。
以前にこういう出来事があった。去年、暮れに帰省した際もやはり事前に『迎えはない』と言われていたのだが、改札を抜けてすぐに妹の顔があった。決して郊外ではないが交通に不便な街だ。『やっぱり迎えに行ってあげた方がいいんじゃない?』などというやり取りが、僕の知らないところであったのかもしれない。なんにせよ、後数日で今年が終わるという忙しい最中、迎えが来たのだ。気分は悪くない。妹に言われるがまま、駐車場へ行った。が、妹が指さした車は明らかに家の車ではなかった。ウチのような一般家庭が黒塗りのベンツに買い換えるわけがない。あらゆる可能性を巡らせていると、運転席側が開き運転手が出てきた。僕より年上であろう黒スーツの男性が出てきた。僕が目を丸くして驚いていると、男は僕から荷物を取り上げてトランクに入れ、車のドアを開けて『お乗り下さい』とだけ言い再び運転席に戻った。あまりの紳士ぶりに、僕が女性だったら…などと恐ろしいことを考えかけて、言われたとおり車に乗り込んだ。妹も僕も後部座席に座り、その間一言の会話も
なく家路に着いた。家の前に車をつけサッと運転席から出ると、スッと後部座席のドアを開けてくれた。トランクから荷物を出し僕に渡すと、黙って僕と妹に一礼し車に戻り、去っていったのだった。黒スーツ男は最後まで紳士だった。妹も僕も何も言わなかった。僕には聞く権利くらいあったのかもしれないが、あの紳士に免じて問いただすことをやめた。なので事の真相は僕の知るところにない。
回想が長くなってしまうのが僕の悪い癖だ。つい余計なことまで思い出してしまう。
つまり、もしかしたらあのようなサプライズがあるかもしれないと不覚にも思った次第である。