僕とお姉様〜会いに行く〜-1
朝。
重いまぶたを開いてすぐ目に入ってくる真っ白い天井や、妙に浮かれた水玉模様の布団にもだいぶ慣れてきた。
半ば家出同然で母さんのマンションに引っ越して今日で何日だろう。
学校と家の往復の他に、最近自動車学校にも通い始めて決して暇な毎日ではない。
ただあの人がいないだけで日常がこんなにも退屈になるなんて…
台所では母さんが朝ご飯を作っていた。
「おはよー、強」
一緒に暮らそうと言い出した手前か家事嫌いのクセに朝からきちんと料理をしてくれる。それは有り難いんだけど…
「無理に作らなくていいよ。自分でパン焼いて食べるから」
僕は人の好意に素直に甘えるのが苦手だ。だからどうしてもこんな言い方になってしまう。
「少しの間くらい母親らしい事させてよ。期間限定だと思えば家事も悪くないし」
て事は再婚後は家事しないつもりか。転勤先まで行って離婚にならなきゃいいけど。
そう思いながら、いつ途切れるか分からない“母さんの手作り朝ご飯”に手をつけた。
今日は日曜日。
母さんは再婚相手に会いに行くらしい。僕も誘われたがこんなデカい息子がついて行っても気まずくなりそうなのでやんわり断らせてもらった。
それに父さんを傷つけるような気もして…、母さんと暮らす選択をした時点で十分傷つけてるか。
そして行かなかった理由がもう一つ。
PM2:00。
僕は近所の喫茶店でひばりちゃんとコーヒーを飲んでいる。家を出てから一度も顔を出さない僕に当然とも言える呼び出しがかかったのだ。
指定場所が家ではないのがひばりちゃんの年下らしくない気配りだと思うと、かなり自分が情けない。
そんな心情もあって、僕の目線は常に斜め下のコーヒーカップの中にあった。
「あたしあれから前向きに考えてみたの」
ひばりちゃんは僕を責めるでもなく、自身の心境を話し始めた。
「強君がいない事を受け止めて新婚気分を味わってみようとしたの。でも失敗だった。何でか分かる?」
「さぁ、何で?」
「今のお父さんはあたしが好きになったお父さんじゃないからだよ」
「…」
「強君の為に頑張ってるお父さんが好きだった。愛情100%な目で強君を見てて、いいなぁって…」
話しながら、ひばりちゃんはふっと笑った。
「ずっと強君に嫉妬してたんだよ。結婚しても同じ。なかなかお父さんの一番になれない」
僕に嫉妬?
まさかそんな目で見られてたとは…
どうりで気持ちに気付かれないわけだ。
「じゃあ俺が家にいない方がいいんじゃないの?」
「強君がいる状態であたしを見てもらえなきゃ意味がないの」
強く言い切るその顔は真剣そのもので、こんなにも好きな人の話を堂々とするこの子が羨ましかった。
僕はお姉様への気持ちを誰にも話してない。
好きだという感情、呆れたりムカついたり泣きたくなる時もあったけど、それでも今会いたいと思ってる事も。
「お父さん、引き止めなかった事後悔してたよ。せめてメールくらいしてあげて」
「…うん、そうする」
少し拍子抜け。
今すぐ帰って来いって言われると思ってた。
これも、この子の年下らしくない気配りなのかな。