刃に心《第21話・一戦去って、また一戦》-3
「せ、先輩!?」
さらに、朧はうろたえる疾風をトロンとした瞳で見つめ、にじり寄る。
「私では…ご満足いただけませんか?
自分で言うのも何なんですが、私、この身体に結構自信あるんですけど…♪」
「か、からかわないでくださいよ」
しかし朧は疾風の言葉に答えることなく、微笑む。
「温泉はいいですよぉ…♪身体が癒されますし、その後は私と…♪」
脳内で警報が鳴り響く。疾風は首をよじって逃れようとする。だが、朧の両手はガッシリと疾風の首を固定し、反らすことさえできない。
疾風がじたばたしている間に朧は疾風の耳元に唇を近づけた。
「ね…♪疾風さん…一緒に行きましょうよ…♪お・ん・せ・ん♪」
ふぅ〜っと温かく柔らかな吐息が耳朶をくすぐる。
「ちょっ!?せ、先輩!や、やめてください!」
疾風が引き離そうと朧の肩に手を置いた瞬間…
「何時まで寝ておるつもりだ!」
バタンと部屋の扉が開かれた。現れたのは勿論、楓。
ドアノブを握ったまま目を大きく見開いている。
「あ、楓さん。お邪魔してます♪」
朧は楓に向かってにっこりと微笑みかけた。
「……朧殿、何をしておられるのですか?」
ゾクッとする程低い声音で楓が問い掛ける。こめかみと口の端がピクピクと震えている。
「それは若い男女が密室で二人っきりと言えば、勿論♪」
「……勿論?」
「うふ♪」
プチン。
張り詰めていた何かが切れたような音がした。少なくとも疾風にはそんな音が聞こえた。
「疾風の……疾風の……疾風の馬鹿者ぉおおお!」
何処からか取り出した居合刀が銀の尾を空中に引き、疾風に襲いかかる。
「お、落ち着け!楓…うわぁああ!」
◇◆◇◆◇◆◇
「…本当であろうな?」
「…本当です」
刀を突きつけられながら、疾風は大会の話を楓にした。
「真だな!?」
「真です!!」
幸い、疾風にも朧にも怪我は無いが、その代わりに疾風のお気に入りの柔らか枕とふかふか布団が尊い犠牲になった。