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遥か、カナタ。〜FILE−1〜
【コメディ その他小説】

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遥か、カナタ。〜FILE−1〜-3

長々と説明ばかりのシーンではあったが、ようやく話が進むらしい。
その始まりの合図となったのは、甲高い女の悲鳴。悪くない口切りだ。
弾かれたようにゴミ袋から顔を上げた先は校門。僕はゴミ袋だけを手放し、無駄に高そうな石でできた門を抜けた。
悲鳴の方向から推測し、僕は高い壁に沿って走った。けれど、走った距離が10メートルにも満たない間に発生源は見つかった。
大ピンチを絵に書いたような光景だった。
先程僕をちらりと見て帰途に就いた女子生徒の前に、中肉中背の中年男(中尽くしだ)が立ちはだかっている。ワゴン車を背にした男の右手に握られたものが夕日を浴びて茜色に反射している。こんなときでなければ素直にその美しさに感動していたのかもしれない。
僕が駆け寄ったのがわかったのか、女子生徒は極端に何かに縋るように怯えた瞳を僕に向けた。
「学校に戻って下さい」
僕が彼女のほうを見ずにそう言うと、すぐに僕が来た道を戻って行った。駆けていく足音だけを残して。
「さて、車種もナンバーも覚えました。どうぞ、逃げるなら逃げても構いませんよ」
僕だってそれが1番いい。
ステップワゴンの中年男は僕の考えなどお構いなしに、ずい、と一歩前に出た。
「邪魔、しやがって」
やれやれ。
僕は内心またため息をついた。もっと洒落た恨み言くらい言えないものか。
「邪魔、するなら、こ…ゲホッ、ゲホッ」
男はそこでむせた。
こ…んばんわ、ほら、あんなところに一番星が見えますよ。どうです?あれが宵の明星ですよ。地球の隣は金星、ヴィーナスですよ。あ、あれ?知ってました?それはすいません。では僕はここで。
…とは続くまい。
「殺してやる」
ですよねぇ。
全然カッコのつかない男が正面にナイフを構える。「オジキの仇じゃあーー!!」とでも言ったほうがまだ説得力はあった。
「うわぁゃぁー!!」
言葉にならない咆哮とともに、男は突進してくる。何の変哲もない、ナイフがなければただの捨て身の体当たりだ。直線的な動きは、実に読みやすい。僕が半身を引いただけでかわすと、男はたたらをふんだ。
「まだ、間に合いますよ」
出来るだけ優しい声音で言った。
「日本は正直者に優しい国です」
「うるせぇーー!!」
僕の言葉など聞いていないくせに、男は口角泡を飛ばしながら刃渡り20センチほどのサバイバルナイフを闇雲に振り回す。ぶん、ぶん、という風を切る音が鼻先で舞う。しかしその凶刃に狙いも何もあったものではないため、どれも僕には届かない。
が。
とことん僕は運が悪いようだ。
「あれ?」
自分でもみっともないとわかる声を上げ、僕は踵の裏の異物(多分小石か何か)に躓き、背中の方向へ体を傾げた。その拍子に、避け損ねたサバイバルナイフの切っ先が鼻の頭を少しだけ削った。
体制を立て直した僕が最初に見たのは、下卑た笑みを浮かべてサバイバルナイフを大上段に振り上げた男の姿。必殺の一撃は僕の脳天を切り裂く…はずだったのだろう、多分。
凶刃は僕の額の前で止まった。
正確に言えば、止めたのだ。
「やめませんか?」
僕は竹箒を両手で支えたまま、なるべく声のトーンを抑えて言った。
「あ、あいつらが悪いんだよ」
「あいつら?」
突然何を、とは思ったが、戯れ事を聞く情けくらいかけてやってもいいだろう。力と力の拮抗点の向こう側で、男は言った。その焦点は結ばれているようで結ばれていない。


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