琴線-8
突然、美香が話題を変える。
[アナタって面白い人ね]
[なんだいそれ…誉めてんの?けなしてんの?]
[もちろん誉めてるの。アナタと呑んで…3時間以上経ったけど、仕事の話を全くしないじゃない]
一巳は美香が発言に笑って答える。
[嫌いなんだ、仕事の話をするの…]
[何故?]
[そうだな……同じ職場の者同士だと生々しくなるじゃない。また、そうでない奴に話しても当事者じゃないから理解出来るわけない。それより共通の趣味とかの方がしがらみも無くて話せるし…だからかな]
[なるほどねぇ…私の周りの男性……職場の人だけど…結局お酒が進むと仕事の話をしてるのよ]
[そういう奴はどこかで仕事に自信が無いんじゃないかな……だから、声を荒げて自身を主張したいんだろう]
突然、美香はうつ向いた。それまでの態度との違いに一巳は一瞬、戸惑った。
美香はポツリポツリと一巳に伝える。
[私ね。男性恐怖症なの]
一巳はグラスを傾けると、
[とてもそんな風には見えないけど…]
美香は首を横に振ると、
[私、婚約した彼が居たの…でも、彼が同じ職場の女性と浮気して…]
一巳は森の言葉を思い出していた。付き合うようになれば、彼女の気持ちの整理がついてから語ってくれるだろうと思っていた。それを彼女は会ったその日に告白している。
"辛いだろう"と思うと同時に一巳は彼女にいとおしさを感じた。
一巳はグラスをもて遊びながら美香の目を見た。
[アンタに過去を忘れろなんて酷な事は言えない。オレには分からないからな……だが、苦しみを半分背負う事は出来るだろう?そうすればアンタは少しは楽になる。オレに背負わせてくれないか?]
一巳を見る美香の目から涙が溢れていた。
[私で良いの?]
一巳はにっこり微笑んだ。
[アンタだから良いんだ。今日、付き合ってアンタをずっと見ていた。オレには勿体無い位の女性だよ……]
そう言うと一巳は席を立って、美香に頭を下げた。
[どうか私と付き合って下さい]
美香は躊躇せずに一巳の手を取った。
[こちらこそ…]
一巳と美香はお互いの顔を見つめて笑顔を浮かべた……