琴線-7
[じゃあそこまで送るよ]
一巳は"大丈夫だから。地下鉄で帰るから"と言う森をタクシーに無理やり乗せて運転手に5千円札を渡すと、
[〇〇通りに行ってくれ。釣りは彼女に渡して]
と言うと、バック・シートに座る森の耳元に呟いた。
[良い娘を紹介してくれて、ありがとう……]
一巳はドアを閉めた。ドア越しに森が何か言ってるが、ガラス越しのために気づかなかった。タクシーが走り去るのを見送ると、一巳は明るく美香に言う。
[それじゃ行くか!]
一巳は右腕を差し出した。美香はすぐに気づいて自分の腕を絡める。
[さあ、何処に連れてってくれるの?]
少し酔ったのか美香はいたずらっぽい顔で一巳を覗き込む。一巳は"そうだな…"と考えるフリをして、
[珍しいバーに行こう。最近見つけたんだ]
そう言って歩き出した方向は繁華街から遠ざかっていく。段々寂し場所へと一巳は歩き続いた。美香は段々気味悪くなってきた。まばらに並ぶ店の先にある公園に近づく。
[ホラ、アソコだよ]
一巳が指差した方向は公園の中だが、数軒の屋台が見える。皆、赤い提灯やノレンが目立っているが、たったひとつ黒い布を広げている屋台があった。近づくと黒い布にキラキラした銀色の字で、"Bar UDO"と書かれている。
[屋台のバーなんだ、珍しいだろう]
[初めて見たわ……]
一巳は屋台に入る。美香もそれに従った。カウンターの向こうには50過ぎぐらいだろうか、ウェイターの恰好をした男性が"いらっしゃいませ"と言った。その白髪混じりの髪をオール・バックにまとめ上げている。
[オレはターキーのダブルとチェイサーを、彼女には…]
一巳が言いかけた時、美香が割って入った。
[ハワイアンを下さい]
"かしこまりました"と言って彼はシェイカーを開けると、数々の材料を鮮やかな手つきで入れていくと、素早い動きでシェイクしてグラスへと注がれた。流れるような一連の動作。その立ち振る舞いは気品さえ漂っていた。
"お待たせしました"と出された乳白色のグラス。本場だとパイナップルやオレンジなどの"飾り"が成されているが、ここではそのような無理はやらないようだ。
そうしているうちにターキーの注がれたグラスが一巳の前に置かれた。それを彼は右手で包むように持つと、
[乾杯しよう]
[何に乾杯するの?]
[そう……森さんに乾杯だ。こうして二人を会わせてくれたから]
お互いはグラスを軽く重ねて"乾杯!"と言って、お互いのグラスを傾ける。ターキーのしびれるような刺激が一巳の身体に染み渡る。
[美味しい!]
美香はストローで一口呑んで歓喜の声を上げる。二人はアルコールも手伝ってか、趣味や休日の過ごし方、はては最近見た映画の感想など先ほどまでの焼き鳥屋よりも深く語り合った。