エンゲイジ・リングを君に-9
真之がその場所についたのは、ゆきなが母に連れられて帰った僅か2分後だった。
ファミレスを飛び出していったゆきなを追ったはいいが、出口を出た頃にはゆきなの姿は見えなかった。
車に戻り、来た道を引き返す。
伊藤千晴のことを思い出したのは、駐車場を出てすぐだった。
チッと舌うちをしてから、携帯の履歴を呼び出す。『2年伊藤』の文字を探して、通話ボタンを押した。
千晴は2コールで出た。
『先生、遅いですよぉ』
もしもし、と言った後、早速抗議を始める千晴に、真之は内心舌うちをしつつも、出来る限り穏やかな声で言った。
「悪いな、伊藤。急用で行けなくなった」
電話の向こうで『えぇっ!』と声が上がるが、気にしてはいられない。
「とにかくすまん!」
とりあえずは一方的に言って、電話を切った。
そのまま、次はゆきなの番号にかける。
1コール、2コール……。
───出ろ、出ろ!出てくれ!!
ハンドルを握る左手の人指し指が、イライラとハンドルを叩く。
ゆきなは出ないまま、留守電に切り替わった。
普段なら入れないが、この場合は入れるのが得策だろう。
ゆきなは着信には気付いていたはずだ。だけど、自分と話したくなくて出なかった。ならば、留守電はすぐに聞くはずである。
ピーッと耳障りな電子音が鳴り、真之が口を開いたとき、
ピピッ…ピピッ…
別な、これまた耳障りな電子音が耳元で響いた。続いて、ピーッと留守電よりも大きな音が鳴る。
「嘘……だろ?」
充電切れ。
電源の切れた真っ黒な画面が、嘘ではないことを物語っていた。
家に帰りつくと、リビングから母親が「おかえりなさい」と言うのが聞こえたが、真之は物も言わず自分の部屋へ直行した。
ポケットから携帯電話を取りだし、充電器に繋ぐ。一呼吸置いてから電源ボタンを押すと、やはり耳障りな電子音を響かせて待受画面が立ち上がった。
左手でずり落ちかけた眼鏡を持ち上げながら、ゆきなの番号を呼び出す。
───出てくれ……!
祈るような気持ちで通話ボタンを押した。