秘密〜菖の恋〜-1
1 〜・・・♪ー・・
ピアノの音?こんな時間に誰だろう。
中等部の音楽室は、南校舎の三階東端。私が今居る場所は、北校舎の二階西端。高等部の校舎の音楽室は、もっと遠い。
♪ターン・・・・
「あ、終わった」
さっきまで流れていた曲は、ショパンの『幻想即興曲』。プロ並の上手さだった。
「高等部の先輩かな?」
今日は、部活は休みだ。それに、中等部にショパンをあそこまで弾きこなせる人は、いない。
「誰だろう?」
気になって、南校舎を見た。
―見るだけなら、良いよね?話しかけないし、・・・少し遠いけど。
ー私立桜蘭学院ー
明治後期に創立された学校だ。
当時は良家の息女のための学校だった。戦後共学になり、現在は男子生徒の方が多いくらいだ。
幼等部・初等部・中等部・高等部・大学部・大学院まである。
中等部の校舎と言っても、かなり広い。
〜♪
再びピアノがなりだした。
「ー・・・・トルコ行進曲・・」
凄い、この人。物凄く上手だ。そして、胸に響く・・・。
「きつ・・・っ」
やっぱり遠いなー。と思いつつ、歩く。走らない。走ると、シスターに怒られてしまう。 女性は常にしおらしく。幼等部の頃からずっと、そう教えられてきた。スカートを翻さぬように。
「あ・・・ー、」
扉が開いてる。だから聞こえたのか。
〜・・♪
曲が終わりに近い。こっそりと扉から中を覗く。
ー誰?ー
ピアノの前に座っている人は、知らない人。高校生には見えないから、大学院あたりの人だろうか?でも、大学の校舎は、外れにある。わざわざ中等舎まで来たのか?
指が動く度に、男の人の黒髪が揺れた。
白い肌。けど、ひ弱そうには見えない。
「・・・・・。」
綺麗な人だぁー。
つい、感動してしまった。 遠くから見ても分かるほど、綺麗な、整った顔立ちをしている。
「ー・・誰?」
ぴたっと音が止まった。
やばい。バレてしまった。
どうしようか迷い、おずおずと音楽室にはいった。
「中学生?」
男の人が、こっちを見ていた。
少し大きめの瞳と目が合い、どきっとする。「はっ、はいっ」
少し裏返ってしまい、顔がほてってしまう。くすっと笑う声に、耳まで熱くなってしまった。
ー恥ずかしいっー
「三年生?」
涼しげな、低めの声で尋ねてくる。
私は、顔をぶんぶんと横に振って返事をした。振りすぎて、少し痛い。