秘密〜菖の恋〜-3
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「ー・・・トロイメライ?」
躊躇するように尋ねてきた。
こくん、と小さくうなずく。頭が、熱い。先生が触れるから。
「何で?」
「小さい頃を思い出すから。好きなんだけど、悲しい」
「『悲しい』?」
不思議そうに私を見る。視線を合わせられない。どきどきする。
「っ、もう、気にしないでくださいっ」
先生の手を払って立ち上がった。心臓が痛い。
「ひゃっ」
不意に先生の手が私のまぶたに触れた。ひんやりとして、気持良い。
「目、」
くすっと笑われた。
「腫れてる。パンダ」
「え゛っ!?」
かばっと目元を隠した。恥ずかしくて、消えたい気分だ。
「ははっ、嘘。冗談だよ」
その様子を見て、楽しそうに笑われた。
「・・・」
怒って帰ろうとするところを、呼び止められた。
「妃、家近くか?」
「?いえ、電車で一時間ほど・・・。何でですか?」
「ちょっと付き合え」
にっと笑まれた。
「えっ、それは、」
「あぁ、違う違う」
慌てて手を振った。
「ドライブ。少しくらい、いいだろ?」
ざっぱーん
「すっきりするだろ?妃」
「はぁ、」
着いたところは、海。流されるままについていったが、何でここに・・・。
「あのぉ、何でここなんですか?」
ちらっと先生を見る。と、涼しげな目が私を見ていた。どきどきと胸が高鳴る。
「落ち着く、だろ?」
ふわっと笑った。大きめの瞳が少し細くなる。
真っ黒な目に、私はどう映っているのだろう・・・。
すうっと息を吸い込む。潮の香が少し強いけど、妙に落ち着いた。
「ー・・しつもーん」
子供のように先生が私に尋ねた。
「はい?」
「何で泣いたんですか?妃センセ」
「えっ、ぅあ、それは・・、」
言葉に詰まる。何と言えば良いのだろう?
暫くの間何も言わずにいると、急に先生が立ち上がった。
「さ、もう帰ろっか。他の生徒に見付かったら大変だ」
ははっと笑い、車のドアを開け、私を手招きした。
「先生?」
「ほら、早く」
戸惑っている私の腕を引っ張って、車に乗せる。
「あの、先生・・・」
「ー・・・言いたくなければ、言わなくて良い。無理をすることはない。俺も、質問しなければ良かったな。ごめん」
ばたん、とドアを閉めた。
「さ、家まで送るよ。案内よろしく」
ふっと笑い、車を走らせた。
ーどきどきする。私は、言った方が良かったのかな?
でも先生、ごめんなさい。あの曲は、私の、大切な・・・・。
先生の運転している姿を見つめながら、考えてた。
これが、私の、長く辛くも愛しい恋の始まりだった。
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