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愛する人。
【OL/お姉さん 官能小説】

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愛する人。-1

「…あ」
思わず口から出た言葉に、慌てて口をつぐんだ。
私は…
見てしまった。
若い秘書さんの淹れたコーヒーを啜る副社長、要の姿を。
(…何で…)
確かに“コーヒー淹れましょうか”なんて言われたら、社交辞令で断らないだろうけど。
(でも…私にしかやらせないって言ったじゃない…)
子供じみた事かもしれないけれど。
こんな事で傷つく年齢ではないけれど。
でも…
(ショックだよな…)
私は暫くコーヒーを持った間抜けな姿で、副社長室の前で立つしかなかった。
(…どうしよう、これ)
飲んでくれる相手を失ったコーヒーに“ごめんね”なんて言った私は、ひどく滑稽だろう。

(淹れるんじゃなかったな…)
後悔してももう遅い。それは百も承知だ。


仕事が一段落して、コーヒーが飲みたくなった。
ついでに、と彼にもコーヒーを淹れたことが悪かったのだろうか。
もしあの時、コーヒーを飲みたいだなんて思わなければ、私はあの場面を見ずにすんだ。
“旨い”と言いながらコーヒーを啜る彼と、“お口にあってよかったです”とにこやか微笑む若い秘書の姿を。
私は静かに副社長室から離れた。
行き場を失ったコーヒーカップと共に。


―愛する人。

「…はぁぁ〜…」
私はデスクの上に顔を突っ伏した。
「どうしたんですか?」
山崎くんがすかさず私に話し掛ける。
先輩を敬うなんて、なんていい子なのかしら…。
「ううん…。コーヒー飲み過ぎて気持ち悪いだけ…」
そうなのだ。
結局、自分のために淹れたコーヒーと彼に淹れた分の両方を胃袋におさめた。
「何で気持ち悪くなる程飲むんですか…」
上から呆れたような山崎くんの声がした。
きっと彼の表情は、声と同じように呆れた顔をしているのだろう。
私は、
「ごもっとも…」
とだけ答えた。

「…うぇッ」
「ちょ…しっかりして下さいよ。」
あぁなんて優しいのかしら。
山崎くんったら、私の背中をさすってくれてる。
「…ん…」
「え?」
「ありがとう…山崎くん…」
「あ…はい…」
撫でる手が優しくて温かくて、私は目を閉じた。
「稲守、ちょっとこの資料…」
と、背後から愛しいあの人の声。
私はバッと顔を上げた。
「副社長…」
山崎くんはボソッと呟いて、背中を撫でていた手を止める。
「山崎…お前何やって…」
要は少し不機嫌そうな声音だった。
「すいません、相馬さん。何でしょうか。」
要の言葉を遮るようにして、私は言った。
(今は仕事中だ…)
私は、心の中で首を振った。
そう、今は仕事中。
さっきの事はショックだったけど、プライベートと仕事は一緒にしてはいけない。
私は、上司に忠実な部下の仮面を被る。


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