愛する人。-3
「え…」
ビックリした。
本当に。
「な…何か。」
その時、初めてきちんと彼の顔を見た。
同時に私の情けない顔が、嫌でも彼の瞳に映る。
「コーヒー…淹れてきてくれ。」
彼は心底驚いた顔をしたが、怪しまれないように言葉を続けた。
「え…」
「頼むな」
「…はい。」
私は直ぐ様副社長室を出、ドアを閉めると、ドアにもたれかけた。
(息が詰まりそう…)
ため息ついたら幸せが逃げる、と言うけれど、つかずにはいられなかった。
「…コーヒーね。」
私は本日二度目のコーヒーを淹れに、給湯室に向かう。
彼も本日二度目のコーヒーを啜ることになるのだ。
(私みたいに…気持ち悪くなっちゃえ…)
やっぱり、私はまだ大人になりきれないのだろうか。
仕事とプライベートは分けてるつもりでも、やはり二人っきりの空間を見てしまうと、彼女に嫉妬してしまう。
私は手際よくコーヒーを淹れ、再び副社長室に足を向けた。
「失礼します。」
「おぉ」
彼はまた視線をパソコンの画面に張り付けたまま、言葉を続ける。神田さんに向けて。
「神田、これ、明日の会議の資料だ。必要な部数、印刷頼む。」
彼女に資料を渡し、仕事の説明を詳しく言った。
「はい、わかりました。」
「終わったら端を止めて、ここに持ってきてくれ。」
「はい」
彼女はにこやかに資料を受けとると、部屋から出ていった。
パタンっとドアが閉まり、要と私だけの空間になった。
「…」
私はそっと要のデスクにコーヒーを置く。
「ありがとう」
「…いえ」
正直、気まずい。
要はパソコンから目を離して、私を真っ直ぐ見る。
「どうした?」
「え?」
「気分…悪かったのか?」
「あぁ…ちょっと気持ちが悪かっただけです。」
「もう大丈夫なのか?」
「はい。」
「そうか…」
彼はコーヒーを啜り、旨いと言った。
ちょっと胸が苦しかった。
「…山崎…」
「え?」
「いや、何でもない。」
彼はコーヒーを置くと、私に手招きする。
「わッ」
手を掴まれ、彼に引き寄せられた。
彼の顔が私のお腹の辺りにあって、吐息で少し温かい。
「相馬さ…今、仕事中…」
「誰も見てない…」
彼は私のお腹に顔を埋め、背中をさすった。
「相馬さん…」
彼は顔をあげる。
私の腕を掴んだまま。
くっと腕に力を入れられ、私は顔を歪めた。
「…千晴」
彼は立ち上がって、私の唇にキスを落とす。
軽く触れただけのキス。
彼と目があった。
そしたら、またキスが降ってきた。
「んッ…」
啄むような軽いキスを何度も何度も…
初めて副社長室でした。
「…」
彼はそっと私を腕で包み込む。
「要…」
「もう少し…」
私が欲しかったのは、大きくて優しいこの腕。
私は静かに目を閉じた。