友達百人できるのか?-2
「澤田探偵事務所」は薄暗い路地の奥に位置していた。夜中にはあまり通りたくないような。
古臭いビルの二階部分にあった。
ドアを開けてそこにいたのは、仕事に対する意欲もなく、だけど生命力は人一倍強そうな、炭酸飲料好きの男だった。
初めて会ったときもコーラを飲んでいた。
わたしが面接にくることを忘れていたらしく、「ペット探しだったら、お断わりです。僕はペットが嫌いなので」とちらりと振り向いただけで、そう言った。
彼の足もとには彼が飼っているであろう、猫がまとわりついていた。
そこで、「そうですよね、失礼しました」と帰ればよかったのだ。
だけどわたしはそうしなかった。彼の間違いを訂正し、なぜペットが嫌いと言いながら猫を飼っているのか、と質問までしてしまった。
そこから、彼の話は止まらなくなり、あれよあれよという間にわたしの採用も決まってしまったのだ。
「彼の話」というのは、「この猫はペットじゃない。僕の友達のマスタシュだ!」のセリフから始まり、「じゃ、明日から仕事しに来てね、斎藤くん」のセリフで終わる、わたしが今まで聞いた話の中で、「聞かなきゃよかった話ベスト3」に入るくらい、くだらなく、無駄に長い、彼の価値観や仕事観の話だった。
そしてわたしは彼のセリフ通り、その次の日から「澤田探偵事務所」でその所長澤田泉太郎の下、働いている。
ちなみに所員はわたしと彼の二人きりである。暇だから二人で足りるのである。
彼は探偵になるのが長年の夢で、大学を出て五年間まじめに会社勤めをし、資金を貯めやっと探偵事務所を設立した。
が、漫画や小説の世界と現実の落差に愕然としたらしい。
当たり前なのだ。そうそう珍しい事件なんて起こらない。
起こっても澤田のもとにやってこない。
「じゃあ、もう仕事なんてやらないもーん。ぷん」と言ったかどうかは定かではないが、彼は働く意欲を事務所設立七日目で無くしてしまった。
そこにわたしがのこのことやってきたのだ!
そしてそれから一年間、「事務所たたんで、田舎に帰る」と弱音を吐く澤田をなんとかかんとかなだめすかし(わたしの職がなくなるから)、不倫調査をしたり、澤田の嫌いなペット探しをやったり細々と仕事を続けてきた。
しかし所長の澤田にやる気がないため、依頼人に失礼なことを言って怒らせたり、せっかくわたしが捕まえた犬を逃がしたりと、最悪である。
そして今度は「友達を百人つくりたい」と言う。
プライベートでやってくれないか。
仕事関係ないじゃん。
そもそもわたしが転職を考えるべきなのか…?
「大人になると、友達って離れていっちゃうもんだよね」
澤田は心なしか、悲しそうな顔をしている。
ついさっきまで「自分の友達だと思う人」に片端から電話をかけていたのである。
まず、今現在友達が何人いるのかを確かめるためである。
「友達の定義ってなんだろうねえ」
と電話をかけるまで澤田は考えていたが、悩む必要はなかった。
澤田が電話番号を知っている32人中、電話が通じたのは4人だった。
一人は実家の母親で、もう一人は高校の同級生のかねやん。もう一人は大学の後輩の井上。
最後の一人はわたし、斎藤である。
あとの28人は澤田に教えずに番号を変えてしまったらしい。
「友達少ないですね」
少しかわいそうだ。母親に電話するなよ。
「まあ、いいや。あとマスタシュも入れて、友達4人からスタートだね。あと96人かあ…」
猫も友達の一人に入れちゃうのか…。