COMPLEX -act.2(前)--4
『あー!!タンマタンマっ!!ストップ!!』
「だから何だよ」
追いすがるような橘の声に、もう一度携帯を耳に当てる。
『実奈、そこにいるだろ?』
「いるけど」
この携帯が佐伯のなんだから、いるに決まってるだろうに。コイツ、ボケたか?
『何でいると思う?』
「……は?」
面白がるような声に、俺はきつく眉根を寄せる。きっとめちゃめちゃ恐い顔だろうな。
『そこに実奈呼んだの、俺なわけよ』
「……はぁ?」
俺は眉間の皺を更に更に寄せた。
つーことは佐伯は橘との待ち合わせでここにいるわけで、橘は電話の向こうにいて……。
「お前、今どこ?」
『家』
家?橘の家といえば佐伯の家の向かいのはずである。ここで待ち合わせするなら家の前で待ち合わせすりゃあいいのに。
つーか、家ってことは……。
「お前、まさかすっぽかす気じゃ……」
『そのまさか』
橘は電話の向こうで笑っている。
「ふざけんじゃねぇ!」
佐伯との約束をすっぽかすだぁ?
俺なんか約束も取りつけられないってのに。
怒鳴った俺に、橘は更に笑って『まぁまぁ。聞けって』なんて呑気なことを言った。
『これは俺の作戦なわけ。実奈には「橘のヤツ、来れないって」とか何とか言って、二人で"おデート"してらっしゃい』
「デー……ッ」
『デート』の単語に俺は顔がカッと熱くなるのを感じた。佐伯を見ると、不思議そうな顔でこちらを見ている。
『じゃあ、ま、健闘を祈る!』
あたふたしている俺に構わず、橘は今朝同様に突然電話を切った。
「え?ちょっ、おいっ」
───ツーツーツー……
「麻生くん?」
携帯を今にも叩き付けそうな形相で睨む俺に、佐伯が怯えたように声をかけた。
いったい何て言えばいいんだよ……。
佐伯に携帯を返すと、俺は頭を抱えたくなった。