春とハル-2
「なんで?」
何故だか霧消に訊きたくなった。
「……え?」
「一人が嫌いなんじゃなかったの?」
「そんな事…言ったっけ?」
彼女は俺から視線を反らす事無く、『ん?』と首を傾けている。
なんともまぁ…女の子らしい可愛い行動ですこと……
「だってさぁ、女の群れがどうとかって…」
「あぁ!一人が嫌いな訳じゃないの、むしろ好き!」
「じゃぁ…」
「女同士の付き合いが嫌いなのよ。人にもよるんだけどさ…女が大勢集まると、なんかこう…ドロドロする時があるでしょ?」
「………昼ドラみたいな?」
「そうそう!ちょっと浮いた存在が居ると、攻撃したりしてさ…なんかそういうのって、小さいなって思うんだよねぇ…でも、自分がターゲットにされたら嫌だから、無理して群れの中に入るの。私、バカでしょ?」
「そんなコト無いよ…」
正直、女同士の事は俺にはよく解らない。でもたまに、見ていて残酷だなって感じる事がある。
『郷に入っては郷に従え』とは…昔の人は巧く言ったものだ。郷に従う事を選んだ彼女を、俺は決してバカだなんて思わない。
「でも…最近はドロドロとは無縁かな!」
「そうか?」
「うん!ほら、大学の講義って、人それぞれ受講してるものが違うでしょ?だから、同じメンバーでずっと群れてる機会ってあまり無いんだよね…一人で居ても、全然浮いてないし!」
それから彼女は、『サークルにも入ってないしね!』と付け加えてから柔らかく微笑んだ。
「それにね、女友達と居るよりも…一人で居るよりも…今はハルと一緒に居る時間の方がずっと長いかな……」
笑顔のまま静かに言われた言葉に、俺の心臓が速くなる。
確かに俺は、最近は常に彼女と一緒に居る。最初の頃は偶然会って話す程度だったけど、最近は…まぁ、そこは想像にお任せするとしよう。
いつからか、俺と彼女は沢山の時間を共有する様になっていた。
季節は流れて、彼女が嫌いな季節がまたやって来た。
俺は当然と言わんばかりに、またあの質問をしている。
「やっぱり…春は嫌い?」
何度もくどいかも知れないが、一度でも『好き』と言ってくれたら…そう思う。
一度嫌いと感じてしまった事を、そう簡単に好きなれる筈なんて無いのにな…
でも、俺の言葉を受けて、今日の彼女は何故か明るい笑顔を浮かべている。
「“はる”はやっぱりキライだけど…“はる”はスキ。」
「え?」
嫌いなのに好き…それはどういう事なのだろう?俺にはまったくもって理解不能だ。
俺の様子を見て察知したのか、彼女はもう一度言った。
「だからぁ、“春”はキライだけど、“ハル”はスキだよ。」
「へ?訳わからん…」
それでも理解しない俺に、彼女は少し呆れている。
「もぉっ、鈍いんだから…季節の春はキライだけど、人間のハルはスキだって言ってるのっ!」
そう言うと彼女は、『何度も言わせないでよ…』とぼやきながら、頬を少し赤く染めてそっぽを向いてしまった。
俺は嬉しくて、後ろから彼女に抱きつく。ギューっと…力と想いをいっぱい込めて……
彼女はいつの間にか、耳まで真っ赤になってしまっている。
俺はその耳に口を近付けると、軽くキスをしてから優しくこう囁いた。
「俺はもう、付き合ってるつもりだったんだけど?」
俺は、彼女が一度でも『好き』と言ってくれたら…俺達の間に微妙に残る“友達”の関係を、完全に崩そうと思ってた。
残念ながら、彼女に先手を打たれてしまったけど…まぁいっか。
いつか、『春とハル、どっちも大スキ』って言わせてみせるから…覚悟して!
― FIN ―