僕とお姉様〜急なお別れ〜-1
かつて好きだったその子は僕にしがみついて泣き続けた。
僕は最低な人間で、お姉様に見せつける為この状況を利用した。
少しずつ落ち着きを取り戻したひばりちゃんは時折鼻をぐすぐす言わせながら僕から手を離した。僕も自分の卑怯な手を緩める。
「ごめん、強君…」
「や…、何かあった?」
落ち着いたと言っても瞳に溜まってはこぼれ落ちる涙が今の彼女が普通じゃない事を教えてくれる。
「あたし、振られるかもしれない」
一瞬何を言われたのか分からなくて、
「は?」
と聞き返してしまったが、もう口にしたくないだろう言葉を再び言わせてはならないと返事をされる前にまた自分から話し出す。
「父さんに…って事?」
真一文字に結ばれた口は何も語らず、その代わりこくんと頷いて見せた。
「何で?ていうか、それはないよ。逆はあってもそれはない」
「でもお父さん今…っ、今、何をしてるか知ってる?」
「知らない」
日曜の昼間に父さんがいないのはうちでは不自然な事。ひばりちゃんと2人で出掛ける事はあるけど1人で外出する事は珍しい。そう考えるとひばりちゃんが不安がるのは仕方ないのかもしれないけど。
「それだけで父さん疑ったら可哀想じゃん。あの人にだって用事くらい―」
「女の人と会ってるの!」
「何で言い切るの?」
「だって…」
これは完璧ひばりちゃんの思い込みだろ。父さんに浮気をするほどの甲斐性があるとは思えないし、そもそもひばりちゃんが父さんを選んだ理由も未だにボランティアのように感じてならない。それでも相変わらず泣き続けるこの子の父さんへの気持ちは本物のようだ。
「大事な用だって出て行ったの、今日で二回目。誰と会うのか教えてくれないし、あたしどうしても気になって、こっそり後つけて…」
「尾行したの?」
「悪い事なのは分かってるよ!確かめるのも怖かった!でも自分で動かなきゃお父さんずっと黙ったままだもん!そしたら女の人が車で待ってて…」
「…」
「あたしがもっと大人だったら良かった。お父さんからしたら、子守の延長みたいな結婚だったのかな…っ」
何でこの子はこんなに父さんを好きになっちゃったんだろうか。
悩んで泣いて、誰かを好きになるって楽じゃない。
「父さんが帰って来たら一緒に話を聞こう?心配する事ないから」
マニュアル通りの慰めにひばりちゃんは自分を納得させるようにギュッと目を瞑る。その拍子にまた涙がぱたぱたと頬を滑り落ちた。
それから一時間くらいで父さんは帰って来た。目を赤くしてるひばりちゃんと無言で見つめる僕を見て何かを悟ったようだ。空いている椅子に腰掛かけてため息をついた。
「父さん、浮気してんの?」
僕の直球の質問に一瞬動揺して、すぐに首を横に振った。
「だろうね。ほら、ひばりちゃんが心配する事ないって。大体父さんがそんなにモテるわけないじゃん」
重い空気を何とか和らげたくていつもより多目に喋ったんだけど、こんな質疑応答じゃ当然浮気疑惑は晴れない。
「誰と会ってたの?」
「…」
「あたしには言えない人なの?」
父さんは僕を見て本日二度目のため息をつく。
「…強にもひばりにも、側にいてほしくてなぁ」
よく分からない事を呟いてから父さんは話し始めた。
「母さんに会ってきた」
「…」
その単語を誰かの口から聞いたのはすごく久しぶりだ。
僕は顔色を変えないように冷静を装ったが、意味はなかった。父さんはまっすぐ僕を見据えて言った。