僕とお姉様〜急なお別れ〜-3
「お父さんにもちゃんとそう説明したのよ?でも完璧上の空でね。あれじゃ話の半分も聞いてないね」
「だろうね」
「それだけ強と一緒にいたいんでしょうけど。で、どうする?」
「保留」
「保留!?」
「いきなりそんな事言われて即決できるわけねえだろ、学校もあるし」
「学校なんかお母さんちからでも通えるじゃない」
「そーゆう問題じゃなくて」
僕がまだひばりちゃんを好きだったら喜んでその誘いを受けただろう。
でも今僕の頭の中にいるのはあのお姉様で、もしも僕が家を出たら居候のあの人も居辛く…ならないかもな、あの性格だし。
「じゃあどっちにするか決めたら教えて。それよりお腹空いた!何か食べない?」
「…いいけど」
この人も何を考えてるんだか。
真剣に息子と暮らしたいのならこの状況でお腹空いたって発言はあり得ないと思うんだけど…
そりゃ家庭に癒やしを求める父さんと別れるわ。
家に着く頃にはすっかり日が落ちていた。冷たい空気の中、玄関前ではひばりちゃんが膝を抱えて座り込んで僕の帰りを待っていた。
「おかえり」
ちゃんと帰ってきた僕にひとまず安心と言った表情だ。
「ただいま。風邪ひくよ」
「うちの中、居辛い」
「何で?」
ひばりちゃんがふと視線を上に向けたのでつられて目をやると、そこは僕の部屋のベランダ。
「お父さん部屋から出て来ない。…お姉さんも」
「そう…、困った大人だね」
「強君がいればみんな元気になるよ」
「どうだろう」
話しながら中に入ると、あまりにも静まり返った空間に寒気がした。
「ね、居辛いでしょ?」
「確かに。ひばりちゃんは父さんをお願い。俺は上に行くから」
向きを変えて階段に一歩足を乗せた。
「っ、強君!」
「何?」
「ぁ…ごめん、何でもない」
「ん」
その顔が何を言いたいのか僕は分かっていた。
『出て行かないよね?』
テレパシーみたいに頭の中に浮かんだセリフに、保留と返事をした僕はこの子を裏切ったような気がして何も言えなかった。
『上に行くから』と言ったものの…。あんな別れ方をして、意地になっていたとは言えひばりちゃんにあんな事してるのを見せて、どんな顔して入ればいいんだ?
…寝てますように。
小さく神に祈ってドアを開ける、が、
「おかえり」
お姉様はドアのすぐ脇に立って僕を迎えてくれた。
願い届かず。
「ただいま」
顔を合わせ辛くて目も見ないで横を通り過ぎた。
「…どっか行ってたの?」
らしくない、歯切れの悪い会話の切り出し方だ。この人なりに僕の様子を伺っているらしい。
「飯食ってきた」
「あ、そうなんだ」
「…」
「…」
すぐにやって来た沈黙は、元々重苦しかった雰囲気に拍車をかける。でも僕から話題を振ることはできない。あれだけ怒った手前と言うのもあるし、何を言っても言い訳がましくなりそうだし。
「…山田ぁ」
背中の向こうから自信のない声が聞こえた。目を合わせない僕がまだ怒ってると思ってるんだ。
「何」
そこまで分かってるくせに振り向きもしない。
怒ってないよ。
ただ悲しいだけ。
たった二言。声に出して伝えてしまえばそれでこの雰囲気から解放されるのに。