恋人達の悩みFINAL 〜卒業・それぞれの旅立ち〜-1
「卒業、かぁ……」
日曜日の午後……高崎家にて、美弥がそんな呟きをこぼしていた。
何ともアンニュイなニュアンスを含んだ口調に、龍之介は目をぱちくりさせる。
「……不安?」
その問いに、美弥は首を横に振った。
「分からない……」
それが、正直な気持ちである。
――龍之介はやりたい事があり、大学へ進学。
しかし美弥は、就職する道を選んでいた。
そして最初に面接へ行った会社から、あっさり内定を貰っている。
つまり、高校というステージで絡み合っていた道が別れてしまっているのだ。
さすがにこれからは、今までと同じ関係でいる可能性はあるまい。
新生活に対する、期待と不安。
龍之介との関係に忍び寄る、変化。
考えるべき事は、多くある。
しかし。
「分からないから、恐い……」
龍之介に甘える事、頼る事。
龍之介から甘えられる時、頼られる時。
互いの気持ちを糧にしてただひたすら愛情を交わしていればよかった時代は、もうすぐ終わるのだ。
そんな感情を、察したのだろう。
「大丈夫」
龍之介は手を伸ばし、美弥の肩を抱き寄せた。
「僕は僕にある力で、できる限り君を支える。その事は、ずっと変わらない」
ふっと、整った顔に笑みが浮かぶ。
「まぁ……怒ったり怒鳴ったりする事が、ないとは言えないけどね」
茶目っ気たっぷりの声に、美弥は笑みをこぼした。
「うん」
ほんの少しの言葉と抱擁であっという間に不安を払拭してしまう龍之介を、素直に凄いと思う。
「ねぇ……」
龍之介の首に腕を回しながら、美弥は尋ねた。
「……いったいこの一年、こそこそと人に隠れて何やってたの?」
いつかは説明してくれるだろうと信じて黙っていたが、こうも長い間だんまりを決め込まれるとさすがに気になる。
抱き着いた自分を引き剥がすなどという真似を龍之介がしない……と、いうかできない確信があるからこそ、美弥はこの時を選んで尋ねた。
「ん〜……」
龍之介は微苦笑を浮かべると、両手を恋人の頬に添わせる。
ちゅ
何をする気かと硬直した美弥の唇に、龍之介は自身の唇を触れさせた。
「今は、まだ言えない……けど、必ず喋るから」
まっすぐ瞳を覗き込みながら、龍之介は言う。
「それも、もうすぐね」
しばらくその目を見返していた美弥だが……やがて諦めて、ため息をついた。
龍之介の目には全く揺らぎがなく、この目を信じなければ他に何を信じるというのかと言えるくらいに、真摯な目付きをしているのである。
「もうすぐって……いつよ?」
美弥の問いに、龍之介は肩をすくめた。
「本当にすぐさ」
謎めいた笑みを浮かべ、そう答える。
「けど……いつになるかはお楽しみ、ってね」
美弥が家に帰ると、母の彩子がリビングで色々なカタログを物色していた。