その心、誰知らず。-2
かよ―――
と呼ぶ声に反応し、少女が縁側を見るとそこには敬世がいた。口元を片手で覆い、気まずそうにしている。
「すまない。つい呼んでしまった……」
「“かよ”というのは?」
「娘の名だよ。十年も前に死んだ」
少女は仏壇の前で手を合わせた。
目の前にある遺影に映る少女、泉明寺伽世。自身で分かるほどに、今の少女と似ている。年の頃も。
「ここに居る間、君のことを“伽世”と呼んでもいいかな?」
「いいですよ」
「ありがとう」
敬世はそれから、仕事は家に持ち込み、少女を娘のように可愛がり、自分の傍に置いた。
相も変わらず、少女は自分のことを何一つ話そうとはしなかったが、敬世は少女の問いに快く答えてくれた。
亡き娘に似た少女が、自分に訊ねてくれることが余程に嬉しかったのだろう。敬世はどんなことにも答えた。
次の休みの日には、珍しくプライベートで由敬が本邸を訪れた。
「なんだか君を見ていると、若返ったような気がしてしまうよ…」
「由敬さんは充分、若いですよ」
「はは…まいったな…」
笑って、口元を隠すように手で覆う。
「似ていますね。敬世さんと」
「そりゃあ、親子だからね」
「じゃあ伽世さんは、お母さま似でしたのね」
「さあ、どうだろうね?僕には分からないな」
「どうしてですか?」
少女は言ってしまってから後悔した。聞かれた由敬の表情がとても切ないものであるからだ。
そんな由敬を見て、少女もしゅんとしてしまう。
「ああ、そんな顔しないで。別に答えたくないとかではないんだ。ただ、伽世の、妹の母親のことは知らないんだ」
由敬は少女に話した。
由敬と伽世の母親が違うこと。自分の母親が愛人であり、伽世の母親が亡くなったことで、由敬が本邸に入ったこと。正式に父、敬世の後を継ぎ社長になったこと。
少女には衝撃が大きいのか、度々目を見開いては驚きの表情を見せたが、話を聞く態度は真剣そのものであった。
「ごめんなさい。余計なことを話させてしまって」
「気に病むことはないよ。僕が話したくて話したんだから」
「お優しいですね」
「そうかな?」
「ええ、親子揃って」
少女の微笑みに、由敬も「ありがとう」と微笑み返した。
少女を見ていると、由敬は昔のことを思い出した。
伽世は、よく笑う娘であった。誰にでも、別け隔てなく。母親の違う自分にも。
由敬はそんな伽世が嫌いではなかったし、兄として誇りすら持っていた。
だからこそ、由敬は常に父を気にしていた。
本妻の娘である伽世を羨む程に。
そして思い出してしまう。十年前、伽世が死んだ時のことを…。