【魅惑のお客サマ。-2-】-1
(アヤトは今、リビングでテレビを観てるはず)
お風呂上がりだというのに微量の冷や汗をかきながら、廊下を慎重に歩く。
お湯のコックを占める音や脱衣所の音、お風呂場のドアの音…今日は完璧だ。全てスピーディに、且つ音を立てずに。
でも…
上に行くには、どうやったってリビングの横にある階段を使うしかない。
(絶対に足音は立てちゃダメ…)
曇りガラス越しに中を確認しようかとも思ったけど、目が合ったりでもしたら終わりだ。ジ・エンド。
今リビングでは、ウチの家族じゃ滅多に観ることがない歌番組をやっている。
(CMに変わる前に…)
壁に沿って、リビングから見えないように廊下を歩けば…
「何やってんの」
「ぎゃっ!!」
予想外だ…階段に居るとは思わなかった。
漫画本を手にしているということは、取りに行っていたのだろうか?
驚いた私を見て、アヤトも一瞬驚いた目をする。
でも…
「遊ぼっか」
「はっ!」
そう言って微笑むと、
「放してえぇぇぇぇ…」
私の腕を掴んで無理矢理上へと進ませた。
【魅惑のお客サマ。-2-】
「ここおいで、ヒヨコ」
彼は余裕だ。口元に笑みさえ浮かべて私をからかうのを心底楽しんでる。
本当に、意地が悪い。性悪だ。悪代官だ。
(姑の方がまだ可愛らしいわ)
「嫌、絶っっ対に嫌」
誰が悦んで6歳も下のしゅ…じゃなくて、従兄弟の膝の上に跨るっていうんだ。
「早く」
「嫌」
そんなみっともない真似したら、更にコイツはつけ込んでくるに違いない。
(それだけはごめんだわね)
只でさえ…
「じゃあ、これがどうなっても…」
「か、返せっ!!」
弱味を握られているというのに!!
20cmくらい身長差があるというのに、アヤトは大人気ない。
その長い腕を使い、ピラピラと己の頭上で私の知られたくない恥ずかしい写真をもて遊ぶのだ。
「ほら、跳ねて跳ねて」
「やだっ、返してっ!」
ここはコイツの領域(テリトリー)…出来るだけ、隙を見せてはならない。
私は、取り返そうと必死になるのをやめてうつ向いた。
「どした?ヒヨコ」
そうすれば、アヤトは必ず私の顔を覗き込んでくる。左手で写真を持ってるから、右手で髪を撫でながら。
「ヒヨコ?」
これは、コイツと一緒に暮らして1週間…私が唯一学んだ技。
(実践するのは初めてだけど)
すると…
「そんなに俺のコト嫌い…?」
…………は?
「嫌いなら嫌いって言って…?」
待て待て。どうなってるの?何でコイツが落ち込んでんの?
何か…何か…
(私が大人気ないみたいじゃない…?)
仮にも中学生…まだまだ子供なのよね。ごめんね。
(可愛いトコもあるじゃない)
「ごめんね、アヤ…」
顔を上げると、そこには口の端を上げて待ち構えている………