ばあちゃん4-2
そして、三月十八日。
この日は私の十五回目の誕生日。
私達は朝から病院にいた。
ばあちゃんのベッドの周りには、所狭しと人がひしめきあっていた。
私はいつものばあちゃんの左隣に座り、ずっとばあちゃんの顔を眺めていた。
ばあちゃんは入れ歯で、容態が悪化したときから入れ歯は外していたので、酸素マスクの下の口は苦し気に大きく開かれていた。
ピッ…ピッ…ピッ…
ばあちゃんから繋がれた機械が一定の早さで音を鳴らす。
前に比べ、音は遥かに遅くなっていた。
ばあちゃんはまだ生きているんだ。
そう思わずにはいられなかった。
何で医師と看護婦がここに待機しているのかとか、少しでもその先のことを考えると、瞳に膜が張ってぼやけてばあちゃんが見えなくなる。
ピッ…ピッ…ピッ…
シュコー…シュコー…
酸素マスクが時折曇っては元に戻る。
ばあちゃんが息をしているという証拠。
…ばあちゃん。
バタバタバタッ…
廊下を誰かが走っている。
はっきりと聞こえてくるその音は、段々とこちらに近づいてきた。
「ばあちゃん!」
一人の男性が、物凄く息切れをしながら慌ただしく病室に入って来た。
見覚えのある人だ。
じいちゃんの姉の子供で、ばあちゃん達の所に預けられて、そのままばあちゃんの子供みたいに育った人、ばあちゃんが生きているうちに来るのは無理だ、ばあちゃんの死に目に立ち会うのは無理だと言われていた人だ。
「ばあちゃん…、待たせてごめんな…。」
その人は、ばあちゃんの真ん前に立ちそう告げた。
ピィー…
嫌な音が鳴り響いた。
ばあちゃんを挟んで私の正面に、医師と看護婦が歩み寄ってくる。
ばあちゃんの細い手首に手を当ててから、胸ポケットからペンライトを取り出して、それを軽く開かせた瞳に向けて左右に振った。
「…х時хх分、ご臨終です。」
一度手首にあてた腕時計に目をやり、医師は低めのトーンで告げながら頭を下げた。
辺りがシーンと静まる。
たった一瞬の沈黙だったのに、私にはそれが永遠に続いていたような気がした。
「…うっ…、うあぁ…」
一人が沈黙を破って泣き始めた。
それが合図だったかのように、皆が一斉に泣き出した。
私はまだ目を見開いたままだった。
ずっとばあちゃんを見ていた。
看護婦がばあちゃんの酸素マスクを外して、繋がれていた機械の管を取る。
私はずっとばあちゃんを見ていた。
ギュッと手を握りながら。
信じられなかった。
握っているばあちゃんの手はまだ暖かい。
なのに医師はご臨終ですと言う。
その内冷たくなってしまうのかと思ったら、無意識にばあちゃんの手を擦っていた。
暖めればきっと息をしてくれる。
医師だって臨終は間違いだったと言ってくれる。
願わずにはいられなかった。
また、ばあちゃんとお茶をすすってのんびりと過ごすんだ。
成人式の時は、玄関の前で着物姿の私とばあちゃん二人で写真を撮るんだ。
いつの間にか泣いていた。