COMPLEX -act.1--3
「……」
「……」
保健室に気まずいまでの沈黙が流れる。
今更だけど、保健の先生はどこ行ったんだろう?
「!?」
目をそらしてうつ向いたままのあたしの頭に、温かくてゴツゴツしたものが触れた。それは、ポンポンとゆっくりと優しく、あたしの頭をたたく。
再び涙が溢れてきた。
何で優しいの?
あたし、バカで単純だから期待しちゃうよ。
「あ、あ……グスッ……あり、が……とぉ」
鼻をすすりながら、あたしの精一杯の言葉だった。
情けない程小さな声。
震えたどもり声は涙のせいじゃなくて緊張のせい。
死にそうに緊張してる。こんなオドオドした女、嫌われちゃうんじゃないかって凄く不安。
でも、これだけ伝えたかったの。
『ありがとう』って、これだけ。
転ばないように助けてくれて、保健室まで運んでくれて、泣いてるあたしの頭をポンポンしてくれて、『ありがとう』。
あたしは制服の袖で涙と鼻水をぬぐって顔をあげた。
麻生くんの優しい表情とぶつかる。
「佐伯、俺……」
ん?これって何か、少女マンガで見たことある感じの光景じゃない?
あの、クライマックスで来る、感動的な……告白シーンみたいな!
単純明快な脳みそを持つあたしは、今までとは違う緊張に支配されつつあった。
だって、こんなに優しいんだもん。
ひょっとしたら……。
が、期待は見事に裏切られる。
「あー、ダメだ!ワリィけど笑える!」
あたしを見つめていた麻生くんが、いきなり笑いだした。
そりゃあもう、大爆笑ってぐらいに。
何で?何で!?
普段めちゃめちゃクールじゃない。
これじゃあまるで、まるで……。
京介みたいだよぉ!!
「な、何で笑うのぉ!?」
京介みたいだと思った途端、あたしの中で緊張という糸がプツンと切れた。ついでに堪忍なんとかの緒もキレた。
「だって、鼻……鼻が真っ赤……」
「はぁ!!?」
鼻……は、鼻水ぬぐうためにさっき擦ったから、真っ赤かもしれないけど、それで笑うかぁ!?
これが京介なら明らかに張り飛ばしてるところ、何とか理性を保っているのは相手が麻生くんだからである。
「あー、これだ、これだな」
しばらく笑いころげた後、麻生くんは目尻の涙をぬぐいながら、訳の分からないことを言った。
「……何が?」
話がちっとも読めない。
「橘のキャラだと、ちゃんと喋れるんだなってこと」
意ぃー味ぃー不ぅー明ぇー。
ポカンとした顔のあたしに、麻生くんは今度は優しい笑みを向けた。
「佐伯、いっつも俺が話しかけても喋ってくんねぇじゃん。嫌われてんのかなぁって思ってたんだけど、橘に聞いたら極度の上がり性で橘と高崎以外とはほとんど喋れないって聞いたから」
だから橘のキャラを真似してみたわけ、と続ける。
つまり、あの爆笑は京介の真似だったのね。それに対して、あたしが条件反射で京介に接するようにキレちゃったわけだ。
「な、何で、そ、そんなこと、したの?」
あぁ、どもりぐせが戻ってきてる。
「だから、そうでもしないと佐伯と喋れないから」
「そ、それって……」
あたしと喋りたかったってこと?
聞きたいけど、聞けない。
「去年、入学式で佐伯のこと見て、『何だよコイツ、キョドりやがって』ってイライラしてたんだけど」
な、何をぅ!?
脈絡なく話始めた麻生くんの言葉に、あたしはかなりのダメージを受けた。
そんなことには気付かず、麻生くんは続ける。