刃に心《第−2話・仁義なき恋愛〜後編》-6
「ほ、本当に…?」
「ええ」
「そ、そうかな〜♪」
千代子は照れ隠しのように毛先を指に絡めたりして弄る。
今までは学校や世間に対する反抗の印であった茶髪だが、疾風に褒められると自分にとって誇れるものであるような気になってくる。
「それなら…その渾名も悪くないかな…」
「じゃあ、そう呼びますね」
小さく───だが、嬉しそうに首肯。
「そろそろ帰りましょうか?チョコ先輩」
疾風が立ち上がった。
陽は完全に落ちた後で、辺りは薄暗い闇に覆われている。
「そうだな」
千代子も自分の鞄を持って立ち上がった。
「送りますよ」
………
千代子は一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
送る?
何を?何処へ?
………あぁ、そうか!アタシをアタシの家まで送ってってくれるって…こと……!!
「ええぇぇえええ!?」
「ど、どうしたんですか?俺、何かおかしなこと言いました?」
千代子のいきなりの絶叫に疾風がうろたえる。
「う、ううん!何でもない!何でもないから!気にするな!」
「え?あ、はい…判りました」
「あ、ありがとうな…」
やばい!アタシ、すっごくドキドキしてる…
千代子のこれまでの人生では、送ると言えば、厳つい男達と防弾ガラスの張られた黒塗ベンツに同乗する、ということであった為、こういうシチュエーションには密かに憧れていたりする。
千代子は、手足が一緒に出そうになるのを必死で堪えながら疾風の歩幅に合わせて歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
千代子の家は学校から歩いて、二十分程のところにあった。
安過ぎず、高過ぎない、ごく一般的な間取りのアパート。
「先輩、一人暮らしなんですか」
「うん。この前のは爺ちゃん家。流石にあの家から通学するのは…」
千代子は苦笑いを浮かべた。疾風も同じような表情をしている。
二人とも世間に言えるような家庭ではないので共感が持てる。
「それにしても、先輩。よく俺だって判りましたね。あの時、目許以外は隠してたと思うんですけど」
「そりゃあ、判るよ…」
だって、毎日思い出してたんだから…
千代子は心の中で付け足した。
「あのぶつかった時に一発で判ったよ…」
「記憶力いいんですね」
そう言う訳じゃないんだけど…
そう思ったが、一応褒められているので、千代子は曖昧な笑みを見せる。