全てを超越『4』-1
日曜日。
俺は、昼過ぎまで寝ていた。
学生ともなりゃ、平日は必然的に早起き、遅くても八時くらいにゃ起きるもんだ。
と、言うわけで今日は忙しい一週間の中で貴重な、平穏な日だ。
朝霧からのあの告白劇でこの一週間、俺に心の平穏はほぼなかったと言っていい。
特に、ねだる朝霧に根負けして、家に連れてきた時なんて……暴走した朝霧と都合良く解釈しやがるおふくろに挟まれて、血管が切れるかと思わされるぐらいの羞恥心を味あわされた。あの日、俺は一度死んだ。
もう二度と朝霧は家に呼ばん。少なくとも、おふくろがいる時は!!
いない時もだが。
だから、余計に俺は日曜日のありがたさを夢の中で噛み締めていた。
が、しかし。
そんな安らぎの時を、やはりあいつは見事にぶっ壊してくれる。
何も知らない俺は、グースカ寝てるのだった。
「ふぁ……寝すぎたか?」
12時過ぎの家の階段を、頭をかきながら俺は降りていた。
ジャージにボサボサ頭と、かなりみっともない格好ではあるけど、どうせ家にはおふくろしかいない。オヤジは単身赴任で北海道だしな。
洗面所で顔を洗って寝癖を直し、ダイニングへと足を向ける。
台所から味噌汁の匂いがする。珍しいな。
いつもなら『自分で作れ』、『遅く起きるお前が悪い』と言い、文句を言おう物なら包丁が飛んでくる。
当たった事はない……正確に言えばおふくろはわざと外しているのだが、いくらコントロールに自信があっても息子に包丁なげるおふくろがいるか?
前代未聞だ、バカやろー!
さて……気を取り直して、テーブルの上に置いてある新聞でも読みますか。まずは、お決まりのテレビ欄。
今日の映画は何かなっと。
見ればまだ見たことがない、ちょっと見たかったヤツをやるらしい。
ここで俺の機嫌がちょっとアップ。
ついで、一面とテレビ欄を捲った所にある記事を読む。
また大臣が一人辞職したらしい。
相変わらずアホくさい。ちょっと考えりゃあ、自分の首を絞める事になりかねん事ぐらいわかるだろうに。くだらん事をホイホイするから、こうなるんだ。
と、ここで足音が台所から聞こえてきた。
俺のそばまで来ると、テーブルに恐らくはご飯と味噌汁、箸を置いたんだろう。それらしい音がした。
新聞片手に味噌汁のお椀を持ち、すする。
……あれ?
「おふくろ、味噌変えた?」
だが、旨い事に変わりはない。もう一度すする。
「いいえ、変わったのはお味噌じゃなくて、作り手よ」
ブーーーッ!!!
聞き慣れ始めていた声を聞いて、思わず味噌汁を思いっきり吹いた。
まさか……。
思いっきり味噌汁にまみれて、もう読めなくなった新聞を目の前から退けると、そこにはやはり……朝霧がいた。
「な、なななな」
「どうかした?そんな幽霊を見たような顔をして」
しれっとそう言って、朝霧は自分の分の味噌汁を口にする。
味噌汁の飲み方にまで気品を感じてしまう…。
「早く食べないと、ご飯、冷めるわ。あと、ご飯を食べながら新聞を読むのは、行儀が悪い」
「あ、あぁ。そりゃ失礼……じゃねぇぇぇぇぇっ!!!」
箸を持って、ご飯を食べ始めていた朝霧を、立ち上がって箸で指した。
「お前、なんでここにいる!?おふくろはどうした!?」
「お箸で人を指すのは良くないわ。マナー違反よ」
そう言って、また味噌汁を口にする。
「食べてくれないのかしら?誠心誠意作ったお味噌汁なのに……」
う。絶対卑怯だ。
なんでこう、綺麗な女の悲しそうな表情は、罪悪感を思いっきり刺激してくれるんだろうか!?
半ば諦めて、俺は座った。半分力が抜けた様に。
「……いただきます」
その時の朝霧のちょびっとばかり嬉しそうな表情も、やっぱり卑怯だった。