バレンタインと墓標-3
「察してくれよ」
ときめかなくては恋などお終いだ。そうだろう沙織?
『ごめん、行かれない』
電話越しのコリンの声は、寝起きのようにかすれていた。
「うそ・・・。」
信じられない言葉だった。コリンは時間にルーズな男だ。一時間二時間の遅刻は何度もあった。それにしても、来られないだなんて。
「どうして?」
声が尖ったのが沙織にもわかった。辛うじて攻撃的な口調にはならないように気をつけはしたのだが。
『役所の手続きが長引いちゃって…。免許の、ほら、大型取るって言ったろ』
誇らしげに言ったのがまず気に入らなかった。そして、それ以上に腹が立ったのは、それが嘘だとわかったからだ。
「大型自動二輪?」
平たい口調で沙織は言った。嘘などわかっている、などとわざわざ教えてやるほど優しくはない。責めるなんて子供じみたことももちろんしない。
自分たちは、自分の言ったことに責任を持てる程度には大人だと沙織は思っているし、また願ってもいた。
「会う約束してたでしょ?」
意識して声に悲しみを含ませる。ねぇ、早く来てよと言いたいのを沙織は懸命にこらえた。
『…うん、ごめん。もっと早く終わると思ってたんだけど』
沙織は微笑んだ。なぜだかは沙織にもよくわからなかった。あまりの嘘の下手さに?
自分の哀れさに?ケーキを持って夕方まで駅のホームで佇む女というのは、確かに自分でも惨めだった。しかも今日は二月十四日だ。そう、一日中待ったのに。ケーキだって、おいしく焼けたのに。
「ねえコリン」
沙織はこの上なく優しげに響く自分のこえを聞いた。世界の外から、たったひとりで。
「あなたはわたしを墓あなにすらしてくれないのね」
コリンがなにか言おうとするのを遮り、沙織は言った。
「愛してるわ」
言うと同時に電源を切り、沙織はそのまま帰路についた。
電車の中はどうせえピンク色の広告とカップルでひしめいているんだろうと、沙織はぼんやり思った。陽の沈みかけた空にはうっすらと星が浮かんでいた。