バレンタインと墓標-2
―――これは私たちの物語だ。
ゆっくりと終わってゆくのに、離れることが出来ない、これは私たちの物語。少なくともある部分では、間違いなく。
一年ほど小さな浮気をしていた。浮気に大小があるかどうかなんて知らないけれど、とにかく、だ。罪の意識にうちひしがれて、最後の半年は肉体関係はおろか、ロクに会うこともしなかった。
相手の男にほかに女が居ることをほのめかされたときは、だから、びっくりするくらいにホッとしたのだ。
―――このままずっと一緒にいたら。
沙織はぼんやりと考える。もしも危機を乗り切って、このまま、コリンと居られたとしたら。もしもこの先また愛がさめても、たぶん、自分たちは一緒にいるんだろうと沙織には思えた。愛が発生するものではなく選びとるものだということを、沙織は、沙織自信もコリンも知っているはずだと信じたかった。
(じゃあ、もう恋はしないの?)
沙織は自問した。
(でも、きっとするんだろう…)
それが自分の側であれコリンの側であれ、沙織は認めないわけにはいかなかった。
小さくて甘ったるい恋をして、でも、そんな風に身軽に恋ができるのは帰る場所があるからだ、と知っているから、やっぱり私たちはお互いを手放すことはない。
このままでは私たちは墓あなだ、と沙織は思う。最後の最後にそれぞれが帰る間所に、しかし、なるべきかもしれないとも沙織は思う。ホーム、と呼ばれる暖かな土に。帰りつく場所に。
(何度目の想像だろう・・・)
この甘い誘惑に誘われてしまうのは初めてではなかった。コリンの墓になる。幸せの定義をもたない沙織にとって、それは唯一の具体的な選択肢だ。絶望的に甘い誘惑。
沙織は携帯電話を握り締めた。
コリンはメールの着信音で目覚めた。いや、目覚めたような気がしただけだ。なぜならずっと起きていたのだから。
メールの送り主は見なくてもわかった。だからだろうか。着音の一音一音がコリンの心を沈ませる。
黒光りしたセルラー・フォンに白い電子文字が浮かびあがる。
『Saki Hutamura』
味もそっけもない、だからよけいにその無感動さが暴力的で、コリンはしばらく目がそらせずにその表示とにらみ合っていた。ああ、もう一度寝てしまいたい。気付かなかったことに出来ればいいのに、それが出来ないのはおまえの所為だといわんばかりに。
メールには
『着いたよ。いまどこ?待ってるね』
とあった。
コリンはうなだれた。どうして気づいてくれない。あるいは気づかないふりをしているのか。不本意にも、自分たちの間にあったあの暖かいものが冷めてしまったことに。
「俺に言わせたいのか」
面倒ごとは嫌いだった。それが愛した女を悲しませることなら、尚更。
「『いい女』だもんな。おまえはいつだって」
本当にいい女だとおもう。何より文句を言わないところがいい。自分を信じて頼り切ってくれている、という感覚がコリンの優越感を誘った。そのくせ、妙にしっかりした所も尊敬している。だが、全ては過去のことだとコリンは自分に言いきかせた。だが。