夢の雫2-5
「大丈夫?」
「痛ぇ、とはいっても特に外傷はないみたいだ…」
結界を作った張本人はもうスースーとリズムよく寝息を立てている。
「おーい!起きろ!お前裕介が怪我人って知らないわけじゃないだろ」
そんな掛け声に気づいたのか、ほのかは眠そうに目を擦りながら身を起こした。
そして髪の後ろに手をやり、束ねていた髪をほどいた。
ふぁさっと髪のほどける音と、石鹸のような柔らかい匂いが鼻をつく。
そのままゴムを枕の脇に置くと、また布団の中に身を沈めていった。
「…音も遮断される見たいだね」
「便利なこった」
重田は諦めたようにベッドから離れ、窓に身を寄せた。
窓の外には点のように小さな光が遥か遠くに見える。
波のように連なる住宅街を貫くその光はまるで灯台のようだ。
あの光が灯台ならば、自分らはさ迷う船ってとこか。
皮肉っぽく重田は笑う、だが窓に映る笑い顔があまりに不気味ですぐに笑みを崩した。
やがてそれが朝日だと気づき、重田は絶望した。
結局その日重田はほとんど寝ずに学校に行き、すべての時間を寝て過ごした。
その理由はこうだ。
「いい?今日は決戦よ。今日の朝刊で生死を確認して人の居ない夜を狙って、奴は今度こそ殺しに来るわ。だからあんたもちゃんと寝ときなさいよ」
看護婦の巡回前に、目を覚ましたほのかは朝一番、ようやく寝入った重田を揺り動かし、わざわざその一言だけを言った。
あんたも?聞き間違いではないかと重田は思った。
自分はあの優男に手も足も出なかったのに、なぜまだ駒としての価値を信じてくれるのだろうか。
重田だってわかっていた、自分は一般人だってことも、そしてたった三年の努力でいい気になっていた自分の甘さも。
努力したのが三年ならば、プライドも自信も三年分で良かったのだ。
それなのに自分といえば下手に全国に出、半端にいい成績を残したことだけを頭に残し、親友を守れるものだといい気になっていた。
「俺は手も足も出なかったんだぞ…それを知ってるのか?」
「そうなの?」
特に興味も無さそうにほのかは言った。
「ま、何となくそうだとは思ってたわ」
「ならどうして俺を…」
「怖いの?」
真顔になりほのかは聞いた。
その目はジッと重田を見据えている。
怖くない、というのは嘘だ。
だが、それ以上に戦う気力が無かった。
所詮、自分の独りよがりだったのだ。
プライドなど無ければ良かった。初めから傷つくのがわかっていれば、プライドなどもたなかったのに。
「傷ついたんでしょ?自分が強いと思ってたから」
見透かしたようにほのかは呟く。
まさかそれがこの女の力なのだろうか。
「違う?」
悪戯っぽくほのかは微笑む。
まるでこういう事例は慣れているかのように。
ズルイと重田は思った。
わかりきっているのに確認を取るだなんて。
だから静かに頷いた。
「でも嬉しいんでしょ?まだ自分は力になれることが」
「ああ。でもそれが本当ならな」
「なら頑張るだけよ。お世辞抜きで今回あなたなしじゃ勝ち目無いんだから」
「ありがとう」
お世辞であっても救われた。
ほのかの言うとおり、頑張るだけだ、全力を尽くすのだ。
「そういえば、あなたの名前は?」
思い出したようにほのかは聞いた。
「重田剛。お前は?」
「神島ほのか」
遅すぎる自己紹介。
「あとこいつは神山裕介」
幸せそうに寝入ってる神山を指差し重田は言う。
よろしく、とほのかは自分に言い聞かすほどに小さな声でいった。