夢の雫2-3
月は神山を照らし、重田を照らし、そしてほのかを照らしていた。
今日は一体何なんだ、重田は頭を抱えたくなる。なぜこうもわけのわからない奴がやってくるのだ。
一人目はスーツ姿の優男、二人目は初詣の時に見るアレの格好をした変態女。段々レベルが上がっている気さえする。
「何の用?」
神山がほのかに聞いた。
「喜びなさい。神山裕介、あなたの護衛に来たのよ」
「護衛?」
重田は訝しげにほのかを見た。
護衛にしてはその姿はあまりに頼りが無さ過ぎた。細い二の腕に小さな背中、どう見ても服装以外は普通の女だ。
しかし、と重田はさっきまでの戦闘を思い出した。あの優男は一撃でコンクリートの壁を破壊するほどの異常な力を持っていた。
そう考えれば、この女もあるいは。
「そこの脳筋は何か不満の様ね」
重田の視線に気づき、ほのかは重田を睨みつける。
「言葉遣いには気をつけような、コスプレ女」
「…言ってくれるわね。相手が誰かわかってるのかしら?」
「まあまあ二人とも」
二人のピリピリした空気を宥めるように神山が割って入る。
その神山の姿を見てほのかは目を大きく見開いた。
「何で歩けるのよ?」
ほのかの聞いた情報、それによると神山は意識不明の重体のはずである。
そんな状態の人間がなぜか平然に立ち歩いている、ほのかは驚きを隠し切れなかった。
「何でって言われても…ねぇ」
協力を求めるように神山は重田を見る。
「俺もわからないっての」
「ああ、あなたも神懸りなのね」
ほのかは一人納得したように頷く。
「神懸り?」
重田と神山は同時に声をあげる。
二人にとってまったく聞き覚えのない言葉であった。何かの専門用語なのだろうか。
「あ…え?」
絶句した。神懸りの意味を知らない神懸り。
まるでそれは自分のことを人間だと思っていた、むなしい飼い犬のようだ、とほのかは思った。
そして同時に、自分の周りにはいない人間だと思った。
もちろん、自分の能力に気づかずして一生を終える神懸りは少なくはない。
しかし、それはホントにちっぽけな能力しか持ち合わせていない神懸りだけのものであって、
脅威的な回復力を持つというとても大きな能力を持ち合わせた神懸りにありえることではなかった。
それでも、説明してやらなければならない、わからないのならば。
「神懸り、異能者、とも言うわね。生まれつき特殊な能力を持ち合わせた人間、簡単に言うとホンモノの超能力者ってやつよ」
神山と重田は顔を見合わせる。
目でこいつはイってる、ああ、おそろしいなと会話をした。
「本当よ、試してみる?」
ばっちり視線だけの会話を読み取ったほのかは、少し頬を引き攣らせもう一度ふたりを交互に見た。
普通の高校生、ではなかった。一人、神懸りであると思われる人間はまさに偏差値50の普通の高校生であったが、
もう一人、体格のいい脳筋は現代に生きる武人、とでも言うのか妙な雰囲気を醸し出していた。
「ああ試」
頷こうとして重田は言葉を途中で飲み込んだ。
再び先ほどの戦闘が頭を過る。言葉に滲む自信の表れ、
認めたくは無いが、彼女もまた先ほどの優男と同じに違いない。
予想は確信に変わった。
「やめとこう」
そんな言葉を吐いた重田を神山は不思議そうな目で見た。
重田なら絶対食って掛かると思っていた。
なぜか?重田の戦闘を見ていない神山にはわかるはずがなかった。