痛みキャンディ8-2
あの暖かい手の感触。
全てを包み込んでくれる愛情。
本当は甘えたかったんだ。
抱きしめてほしかったんだ。
もう一人じゃないよって。おまえの居場所はちゃんとあるんだよって。
そんな心に従うだけの勇気が出ない。
怒りがそれを遮り深い闇の中に閉じ込めてしまう。
暗い地下牢の中にいるみたいだ。
出たい…
誰か出してくれ。
過ぎ去る人々も同じような傷を抱いているのだろうか。
傷つかない世界を望んでいた頃の自分は言う。
「避ければ今までと同じ変哲ない道が待っているよ。すき好んで傷つくことはないをだから。」
おれは耳を塞いだ。
あの景色が目に浮かんだ。
夕方…一人…迎えに来てくれない。
ポケットに手を入れてみた。
最後の痛みキャンディがあった。
思えばたくさんの人に会っておれは痛みを知った。
痛みを思い出したというほうがいいのだろうか。
それをおれは口に投げ込んだ。
最後の飴の味はミルク味。
懐かしい幼い頃の思い出の味。
これは何かを訴えかけているようだ。
モウイインダヨ。
ユルセルヨイマナラ。
ダカラ……
おれの景色はぼやけ始めた。
帰ろう。
もう我慢しなくていいから。
帰ろう。
おれは……
夕暮れのホームは忙しなく人の波が流れて留まることを知らない。
何かの放送も雑踏も何も今は耳に届かない。
おれは勇気を振り絞って右手を差し出した。
「かぁさん…」
母は涙を拭いながらとびきりの笑顔を見せてくれた。
「おかえりなさい。」
母は立ち上がり、優しく抱きしめてくれた。
おれはあの頃に帰る。
幼かったあの頃に。
一人じゃないあの頃に。
母のぬくもりが暖かかった。
おれは涙を拭きながらただそのぬくもりに包まれていた。
全てが優しく見えた。
優しいあの夕方のように。
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