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卒業の前
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卒業の前-2

「ただいま」
「おかえり!遅いから塾に電話したのよ」
止めてよ、さらに塾行きづらくなるじゃん。ただでさえ面倒なのに。
私は母の延々と続く話を「ふーん」とだけ相槌を打って、たまに興味ある事だけ質問して、そのまま部屋へ入った。

我が家は、私と同じか、もしくはそれ以上狂っている。
父は仕事が出来て(多分)少し偉いサラリーマン。母は笑顔を絶やさない専業主婦。私は進学校へ通う高校生。弟はスポーツ万能でちょっと顔が良くて勉強もそこそこ出来る中学生。
これだけ聞けばどこの平和なテレビドラマかと思う。だがこれは建前。誰にも、きっとどの家庭にも建前というものがある。我が家は建前を壊せばすぐにでも崩れてしまうだろう。
父はギャンブル好きのセックスレスの愛人持ち。母は半鬱(うつ)病。弟は部活をサボってゲーム依存症のゲーセン好き。私は…

「あなただけよ、こんな話出来るのは」
「うん」
台所でひたすら今日の出来事を語る母の言葉を頭のずっと上の方でぼーっと聞きながら、私は適当に相槌を打っていた。
「あっ、まさか」
「心配しなくても誰にも言ってないから」
「そう、ならいいけど」
そう言ってまだ私を引き留めようとする。
「風呂入って寝る」
「そう」
寂しそうな表情で私を見つめる。
「おやすみ」
「おやすみ。また明日」
終わった。もう悩む必要はない。風呂に入って寝るだけ。

「お疲れ様」
誰に言っているのか。
何に疲れたのか。
意味のない言葉を発して、眠りに就いた。

夢の中で、私は走っていた。目的地はあるが、それはずっとずっと先だ。空はどんよりと曇っていて今にも落ちてきそうだった。
何処まで?
いつ終わるの?
あとどのくらい走ればいいの?

……ヴーヴー…ヴーヴー
携帯が鳴っている。まだ7時…いやもう7時である。今日は卒業式なのだ。
「行ってきます」
返事のない家の玄関ドアを乱暴に閉めた。
ドアは静かに閉めなさい!
…煩い。
私は声無き声に心の中で言い返した。
はぁ…
思わず溜息が出そう。
雲一つない初春の空を見上げた。私は性格が悪くなったね、と青空に呟いて。


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