「ゆりかごのある丘から」-3
それからどのくらいの間彼がそうしていたかわからない。夜はとっくに明け、ひばりが鳴き、そよ風が彼を包み込み、スミレが花開いたとき、彼はふと、風に混ざって懐かしい香りがすることに気がついた。彼は慌てて目を開けた。突然の陽光は彼の目には眩し過ぎて、しばらくは何も見えない。そして・・・
光にだんだんと目が慣れると、そこには恋焦がれた彼女の姿があった」
そこまで話すと老人はふうっと息を付いた。その視線の先は相変わらず遠くを見ている。
「やったじゃないですか。二人はめでたく再会したわけですね」
「そうだ。彼女は友人の男と婚約しようとしていたが・・・彼が無事に戻ってきたとなるとだんだん話が変わった。もとより、彼らは三人とも親しかったしね。七年ぶりの再会をみなで祝ったよ。そのうち彼女は彼と二人、隣の街へと引っ越して行った。なにしろ向こうじゃ英雄扱いだったからな」
老人は膝にぽんと手を置き、よいしょと呟いて、よろめきながら腰をあげた。
「これでわたしの話はおしまいだ。どうだ、落ちも何もない、つまらん話だろう」
「いえ・・・なんだか少し暖かい気持ちになりました。ただ・・・」
私は次に口にする言葉に迷いを感じた。聞いてはいけない、そんな気がしていたからだ。しかし、言葉は私が意識をする前に口を次いで出ていた。
「ただ・・・その友人の男はどうなったんですかね?」
しまった、と思う間もなかった。が、老人は質問には答えずに、大きく息をつき、少し笑いながら言った。
「この足は生まれつき悪くてな・・・あの家に住んでいればこの丘がよく見える。もちろん、この丘からあの家もよく見えてしまうんだがね。旅人さんや・・・そいつは聞くだけ野暮ってもんだなぁ」
なぁ、と言った最後の部分が、どうも泣いているような声に聞こえて、わたしはぎゅっと胸が締め付けられるような感じに襲われた。
私はそれ以来、その街を訪れることはなかった。