恋人達の悩み2 〜Double Mother〜-11
「うん、大丈夫みたいね」
風呂から上がった龍之介の顔を見て、美弥母は目を細めてそう言う。
「ホットミルク作ったげるから、飲んで休みなさい」
美弥母は牛乳を注いだマグカップを二つ、電子レンジに入れて自動の温めボタンを押した。
「……で」
ダイニングの椅子に並んで腰掛けている二人の向かいに陣取り、美弥母は尋ねる。
「彼氏……何でまた、あんなダウナーだった訳?」
「いやその……」
返答に詰まり、龍之介は言葉を濁した。
「……まあ、答えたくないなら構わないけど」
少しして電子レンジが温め終了のアラームを鳴らすと、美弥母は立ち上がってレンジの中からマグカップを取り出しに行く。
「お風呂入ってる間に回復したみたいだから、口を差し挟む問題でもないでしょうし」
二人の前にマグカップを置くと、美弥母は二人が牛乳を飲み終わるまで待った。
飲み終わった後は、美弥の部屋まで追いやられてしまう。
「……寝る?」
美弥の言葉に、龍之介は無言で頷いた。
――布団は冷たかったが、風呂上がりの上にホットミルクを飲んで温まった体が二つも入れば、すぐに暖まってしまう。
龍之介は美弥の柔らかい体を緩く抱き、まどろみに入った。
美弥の方は龍之介に抱かれている安心感からか、布団が暖まってからすぐにすうすうと寝息を立てている。
――どれ程の時間が経っただろうか。
眠れない。
まどろみはするが、眠れない。
「ん……」
赤ん坊がむずかるような声を出し、美弥が寝相を変えた。
龍之介にくっつき、胸板に顔を埋める。
ふぅ、ふぅ……
僅かに開いた唇から漏れる寝息に胸をくすぐられ、龍之介は身悶えした。
「……こんな状況で寝れるかよぉ」
美弥を起こさないよう、小さな声で独白する。
考えてみれば一緒に寝るという状況になった時はいつも龍之介の部屋にお泊りで、そういう場合は眠る前にたっぷりと美弥を鳴かせていた。
つまり、龍之介自身も体力を使っていた訳である。
その疲労のおかげで、美弥と一緒に寝ながらも眠れないという事態にはならなかったのだ。
「……ちくそぅ。」
えっちをしなければ隣で眠れないという今まで気付かなかった衝撃の事実に、龍之介は思わず唸る。
「ん……りゅう……」
美弥当人は何やら夢でも見ているらしく、寝言を呟きながら龍之介に抱き着いて来た。
「…………」
眠れるかバカタレ、と龍之介は心の中で毒づく。
どうしようもなく惚れてしまった女の子が腕の中で安らかに寝息を立てているのに、隣でのうのうと眠れるはずがない。
もしもそんな神業ができるのなら、それは聖人君子か性欲欠如者のどちらかだとすら思えた。
そして龍之介自身は我慢強い質ではあるものの、聖人君子でもなければ体に何らかの異常がある訳でもない。
美弥にしか欲情しないという事を除けば、まっとうな体を持つ十六歳の男の子である。
「ん……」
美弥が身動きする度に、シャンプーの優しい匂いが鼻腔をくすぐった。
「……あぅ。」
龍之介は、思わず呻く。
絶対に眠れないであろう事が、たった今確定した。
美弥の甘く可愛い寝息を聞いているうちに、愚息がスタンダップしてしまったのである。
体の一部分が要求を出している時に眠ってしまえる術を、龍之介は知らない。
「ん〜……りゅうぅ……」
なおも体を擦り寄せて来る美弥の脇から抜け出し、龍之介はトイレを使わせて貰う事にした。
いくら時間経過によって鎮静化する生理現象でも、目の前で無防備に眠る女の子に襲い掛からないでいるだけの自制心をかき集める理性は、もはやどこにも存在していない。
せめてトイレでこの生理的欲求を解消してやれば……有り体に言って一発抜いてしまえば、美弥の隣でも眠りに就けるはずである。
夜更けに恋人の家で生理的要求を解消しようとしている後ろめたさと個人の道徳的な問題にはとりあえず目をつぶり、龍之介はトイレに行こうと部屋を出た。